今でも「走ることが好きか」と問われると「好きではない」と答えると思う。しかし、「マラソンは楽しいか」と聞かれたら、「楽しい」と答えるだろう。マラソンは「走る」ことが目的となっている、個人の内なる戦いを続けていく独特な競技と思われた。しかし、一度、マラソンに参加してからは、マラソンへの想いが少しずつ変わってきた。
 初めてマラソンに挑戦したのは、30歳のとき。私は沖縄に住んでいた。沖縄では12月の那覇マラソンが良く知られているが、あれだけの長距離を走ることへの拒否感があった。しかし、この年に結婚することになり、しかも自分の誕生日に那覇マラソンが開かれることを知り、早速エントリーした。完走できれば良い記念になると思ったからだ。完走するため、その前にハーフマラソンに挑戦することにした。このハーフマラソンは勾配のあるコースでとても厳しく、どうにか完走はしたが、足を引きずりながらのゴールとなった。その1カ月後に迫るフルマラソンに向けて、しっかりと身体を鍛えないといけないことを自覚させられた。那覇マラソン当日はとても良い天気。太陽は出ているものの、あまり暑くなく(沖縄ではこの時期でも20度近くなることもある)、マラソンに最適の日よりだった。無事に完走し、予想していた記録でゴールした。完走は嬉しかったが、それ以後、沖縄ではマラソン大会に参加することはなかった。
 昨年4月にハンガリーに来て、いくつものミニマラソン大会があることを知った。このときの私の状況はこれまでと違っていた。ブダペストという地が新たな体験になるだけでなく、息子が6歳となり、本人も走りたいと言うので一緒にエントリーした。いざスタートすると、息子は全速力で進んでしまった。ペース配分を考えさせようとしたが、たくさんの応援の人々に緊張し、私の声は聞こえていないようだった。案の定、しばらくすると疲れてきて、ゆっくり走った。走りながらも、ドナウ川の景色を一緒に見たり、話をしながら進んでいった。このようなミニマラソンは初めてであった。ゴール200メートル前ぐらいから、突然息子が全速力で走り出した。それは私に負けないように、そして妻に速い姿を見せたくて行ったようだ。自分の子どもと一緒にスポーツをする。今までに経験したことがない、充実したひとときであった。子どもの成長を感じられ、子どもが頑張る姿を目の当たりすることができる。親として何とも言えない有意義な時間であった。9月にはハーフマラソンにエントリーした。普段は、車や地下鉄などで行動するため、ゆっくり見ることのないブダペストの中心部を走ることでゆっくりと見ることができた。
 今年は既に2回のマラソンを走っている。そのうち一回は息子と走った。去年以上に成長している姿があった。一人で走るマラソンも、その土地を楽しみながら走る楽しさもある。さらに、自分の子どもと行うマラソンは「走る」ということ以上に楽しいことと思っている。これからしばらくはこのような楽しさを満喫するために、ブダペストの地でマラソンを続けていくのだと思う。
(きくち・ともひろ 日本人学校)