大震災の直後から、ハンガリーの友人や知人からたくさんのお見舞いの言葉をいただいた。「何か助けることができないか」、「何をしたら良いのか」など、温かい気持ちをいただいた。音楽仲間ができることは、やはり音楽で心を表現すること。当地の留学生からもチャリティ・コンサートを開きたいという強い希望が届いた。ちょうど、4月初めに盛田さんのところへ国立合唱団からも同じ希望が届いていたので、それではオケと合唱団のコラボにしようということになった。演目はモーツアルトのレクイエム、場所はマーチャーシュ教会。ミサ曲なのでハンガリーの友人たちと一緒に震災犠牲者を弔うことができる。そこから日本人音楽家とハンガリー人音楽家の急造オケの編成を始めた。
 まず、メインとなる4人のソリスト歌手探し。ソリストは演奏家の中でも一番のキー的存在。楽譜があればさくっと歌えるだけでは不十分なので、ここだけは自薦ではなく、適任者を探す必要があった。小林研一郎さんとの共演もあるリスト音楽院声楽科のパースティ・ユーリア先生にお願いし、学生を推薦していただいた。声楽科の若いソリスト4名は快く引き受けてくれたが、彼らにとって初めてのレクイエム。ユーリア先生が約1ヶ月間レッスンを付けてくれた。若手歌手が短期間で仕上げることは容易でないので、ユーリア先生の支援に感謝した。
 指揮者の選択は少し時間がかかった。合唱団の意向もあるし、コチシュでは大げさすぎる。ハンガリー国外で指揮を学んでいる日本人指揮者を呼ぼうと思ったが、盛田さんから合唱団の顔を立てて国立合唱団指揮者のアンタル・マーシュアーシュさんにしようということになった。国立合唱団は国立フィルの下部組織だから、チャリティとはいえ、国立フィルの了解をとる必要がある。アンタルさんへの正式依頼や国立フィルのサポートは盛田さんにお願いし、国立フィルの全面的なバックアップを受けることができた。芸術宮殿のリハーサル室の利用、オケ所蔵の楽譜の借り出し、大きな打楽器の借用など、国立フィルのサポートがなければ実現できない企画だった。
 ここからアンタルさんと随時連絡を取り合いながら、オケの編成を進めた。管楽器はリスト音楽院の各教授陣や講師陣に推薦していただき、弦楽器はリスト音楽院・ELTE大学・工科経済大学などの大学オーケストラに声をかけた。セルメチ・ヤーノシュ(元祝祭オケ・コンマス、NHKフィル客員コンマス)のようなプロの方にも声をかけた。皆さんたいへん協力的で、各大学の責任者がそれぞれの団員にメール連絡し、参加の意思を私に知らせるようにセッティングしてくれたおかげで、予期した以上に大きなオケを編成することができた。
 既述したように、楽譜や打楽器などは国立フィルが実際に使用しているものを提供していただいたので、取り扱いに気を遣った。楽器に傷がついたり、楽譜が紛失したりすると責任問題になる。初めて顔を合わす音楽家が多いから、オリジナルの楽譜を手渡すには不安が多い。だから、オリジナルの楽譜は当日のリハーサルから使うことにし、それまでは各自にコピーやでスキャンしてメールで送った。これは少し手間がかかる仕事だった。
 メンバーとのやりとりも携帯メッセージ(SMS)やメールなどなるべく経費のかからない手段をとった。さまざまな予定をもっている音楽家をリハーサルに集めるのは簡単ではない。コンサート前日と当日の2回のリハーサルしか予定が組めなかった。1回目のリハーサルはオーケストラとソリストの顔合わせで、約束事を取決める。2回目は国立合唱団も加わった全員でのリハーサルになった。初めて合わせる急造オケなのでどうなるのか予想がつかなかったが、それぞれのパートがしっかりと意識を持って臨んでくれた。もちろん、訓練を積んでいる音楽家ばかりだから、最初は息が合わなくても、練習を重ねるにつれで、次第にハーモニィーが生まれてくる。そして、合唱団が入ると、オーケストラもソリストも引き締まり、形が整ってきた。
 そして開演前1時間前、コンサート会場でのアコースティックリハーサル。ここに初めて参加した音楽家もいる。慣れているプロは即座に対応できるから問題ない。教会の夕方のミサが長引き、この会場でのリハーサルは10分ほどで終わった。短時間でそれぞれの位置を確認し、音のバランスをとる。教会はコンサートホールより残響があり、お互いの音が聴こえづらいので、コンサート前の確認は重要である。
 コンサートの前にこの企画の趣旨が語られ、1分間の黙祷。満員に埋め尽くされた会場の全ての人が、いろいろな思いをもった静かな祈り。教会での祈りは、宗教や宗派にかかわらず、心を安らげてくれる。そして、その静寂のなかでモーツァルトが始まった。神聖さが漂う雰囲気に、合唱とオケが交わっていく。荘厳な響きをもって、参加者の胸に響いた。ふつうのコンサートとはまた違ったレクイエムになったのではないかと思う。日本とハンガリーの友人たちが、一緒になって震災犠牲者を悼み、そして速やかな復旧・復興を願う夕べになった。
 今回の企画ではチラシなどに主催者や協賛・協力名を一切掲載しなかった。このコンサートでは誰が主役というのではない。演奏している音楽家も、このコンサートを聴く聴衆も、皆祈りの主役なのである。心ある人がそれぞれの思いを抱いて参加し、音楽家と聴衆がとともに成り立たせる祈りの集いだからである。とはいえ、多くの方々の強い意志とサポートがなければ、実現できないコンサートだった。改めて、協力いただいたすべての方に感謝したい。もちろん、これで震災被害者の追悼や支援が終わるわけではない。これを一歩として、遠く離れたこの地ハンガリーで、自分たちが出来る事を行動に移していきたい。
末尾になるが、今回のコンサートではチケットを発行せず、参加者から義援金をいただくことにした。いただいた支援金(113,000円と445,000Ft)は、フォリント貨と円貨のまま当地の日本大使館経由で日本赤十字に送った。会場費や労務費は協賛企業や個人に負担していただいた。この場を借りて、支援していただいた皆様に御礼申し上げたい。

 

 

モーツアルト レクイエム オーケストラ参加メンバー メッセージ

☆ ソプラノソリスト:星野 祐友香
 とても短い期間でしたが、皆様のご協力のおかげで温かい空気に包まれ、会場の皆様と演奏者全体の気持ちが一体となり、素敵なレクイエムを奏でられたことをとても嬉しく思います。日本の方々にもきっと届けられたことでしょう!!
 ハンガリーの方々の強いお気持ちがあったからこそ実現できたことなので、本当に感謝の気持ちでいっぱいです。まだまだ日本の現状は厳しいですが、また音楽を通して少しでも被災者の方々のお力になれれば嬉しいです。ご協力してくださった皆様、本当にありがとうございました。

☆ 合唱団ソプラノ参加 栗田 順子
 国立合唱団に混じり、ソプラノに飛び入り参加させていただきました。遠い祖国で復興をがんばっている人たち、親族・友人をなくした被災者のことを想いながら歌ったレクイエムは、過去何度か歌ったものとは違う、特別な感情をこめて歌うことができました。
 チャリティ・コンサートに携わった方々へ、感謝の気持ちをこめて。。。

☆ 合唱団バリトン参加 犀川 裕紀
 出演者の皆様及び、関係者の皆様、この度は出演の機会を与えて下さり、ありがとうございました。前代未聞の大震災が発生した一報を聞き、映像を見た瞬間は、にわかには信じられない事態を目の前に、思わず絶句してしまいました。日本より遠く離れたこの地で、どうにか自分の小さな力でも何か出来る事は無いかと模索しておりましたがそれはなかなか難しく、歯痒く悔しい気持ちで一杯の中、今回の演奏会の知らせを聞きました。
 私は合唱団の一員としての参加でしたが、練習中や本番前、ハンガリー国立合唱団の皆様が日本の震災や津波、原子力発電所の問題に関して質問して下さり、「家族は大丈夫であったか」、「他に自分達に出来る事があれば何でも言って欲しい」等の言葉をかけて下さり、とても感激致しました。演奏会には沢山のハンガリーの方々もいらっしゃっており、日本、ハンガリーの友好関係を今一度強く実感させられたと共に、これからもこの関係が長く続いて欲しいと強く感じます。
 最後に、震災の被害に合われた皆様に、心よりご冥福をお祈り申し上げます。

☆ ヴァイオリン担当 山内 あずさ 
 日本人としてマーチャーシュ教会で演奏できた事を光栄に思います。私の生まれ育った日本では今、人々が大きな苦しみに耐え前に進もうと努力しています。日本を遠く離れた私も日本の困難な人々と心を一つにして演奏させて頂きました。音楽の力が希望と祈りを届け明日への光の道となるよう願っております。
 ありがとうございました。

☆ チェロ首席担当 浜崎 佳恵            
 東日本大震災から約2ヶ月が経ちました。遠く離れたここハンガリーで私には何ができるだろうかと考えていたところ、追悼コンサートに参加させて頂き光栄でした。
 普段からハンガリーの方々の温かみを感じて生活をしておりますが、震災後は先生をはじめ、友人知人、また知らない方までもが日本のこと、私の家族と友達について心配をしてくださりました。今回のコンサートを通じても、多くのハンガリー、他の国の方々が協力してくださり、人々の温かみや想いを感じ大変有難く思いました。
 世界中が日本のために祈り、行動を起こしてくださっていると身にしみて感じています。そして、音楽にできること、自分にできることを深く考えました。
 黙祷を捧げてくださったお客様、募金をしてくださった方、企画をしてくださった方、演奏をしてくださった方、皆様に感謝いたします。

(くわな・かずえ)