数年前、ひょんなことから壊れたテケルーを⼿に⼊れた。
 その数年前に、これまで楽器を弾いたこともなかったのに中世仲間の影響でハーディガーディという奇妙な楽器に興味を持ってしまい、たまたま幸運に恵まれて海外オークションで⼿に⼊れてしまい、⾳を出して遊んでいたのだが、ある⽇友⼈から国内のネットオークションでハンガリーのハーディガーディであるテケルーが出品されているのを知らされた。サイトをのぞいてみると、この個体は壊れているものの⾃分で直せなくはなさそうである。「これはハンガリー史に興味がある私に落札せよという天のお告げに違いない!!」と勝⼿な思い込みのもとに⼊札に参加したところ、運よく⼊⼿に成功し、数⽇後には⼿元に⼤きな荷物がやってきた。勢い込んで箱を開封してみると、弦を押すタンジェントほかいくつかの部品が⽋損し、弦を擦って⾳を出すホイールを回すハンドルが曲がってはいるものの、このぐらいなら⾃分で何とかできるだろうという⾒⽴て通りだった。
 私は古いバイクを⾃分で修理するのも好きなのだが、それと同じようにテケルーの修理に取り掛かった。壊れた⽊製の部品は東急ハンズに出かけて何種類かの⽊の板を購⼊し、材質を⽐較してオリジナルに近いものを選んで⾃作。曲がったハンドルは⾏きつけのバイク屋さんに持って⾏ってプレスで修正してもらった。弦の選択等で試⾏錯誤はあったものの、およそ半⽉後にはなんとか楽器として⾳が出る状態まで復活さ
せることに成功したのであった。
 直ったテケルーやハーディガーディを弾く友⼈たちとの練習会に持ち込んで、⼀緒に⾳を出して遊んでいたら(弾いているとは⾔いたくない)、友⼈が動画を撮って SNS に投稿してくれた。その後しばらく経ってから友⼈から驚きの知らせが来た。なんと動画を⾒たハンガリー⼈のテケルー奏者のF さんから、⽇本訪問の予定があるので、その際にテケルー演奏⽅法を教えて下さるとのメールを送って下さったとのこと。こんな機会はまずないので、ありがたくお受けして、友⼈たちと⼀緒に、来⽇した F さんからテケルー演奏の初歩中の初歩を教えていただいたのであった。
 その後は、動画サイトでハンガリーのテケルー奏者の⽅々の演奏を参考に我流で練習していたのだが、このたびハンガリーへ旅⾏するに際して F さんにご連絡し「テケルーのコンサートを聴ける機会はないですか?」と質問させていただくと、「コンサートもありますが、その前に 1 ⽇テケルーの講習会があるので参加をお勧めします」というご連絡をいただいたのであった。とてもうれしい⼀⽅で、そもそも私は全く譜⾯が読めないし、テケルーに関してはなんとか⾳が出せる程度で、こんなレベルの⼈間が参加しても良いものかと⼤いに迷ったのだが F さんの強いお誘いと、テケルー奏者の⾼久さんが「講習会はすべての⼈に対して⾨を開いています」とおっしゃってくださったことに勇気づけられて、無謀にも参加を決意したのであった。

 ⼩⾬の降る 5 ⽉ ⽇の朝、バッチャー ニ・テール駅で F さんと待ち合わせて、HÉV に乗り換えて会場の最寄り駅まで向かった。楽器を持ってきていない私のために F さんはご⾃分の愛⽤の楽器を私に貸して下さり、ご⾃分は友⼈から楽器を借りて講習会に参 加されるとのこと。私のような下⼿くそが 楽器を借りて⼀⽇⾳を出すと、楽器に変な 癖がつくのではと⼼配になるのだが、「⼤丈 夫ですよ」と⾔って下さる。講習会場の最 寄り駅のポマーズ Pomáz で下⾞し、集落の中を⼩⾬に降られながら会場に向けて歩く こと約 15 分、会場となっている施設に到着した。ここはもともと貴族の館だった場所 で、現在では館はそのまま保存されている が、同じ敷地の中に講習会の会場として使われている研修施設や、⼣⽅にコンサートが開かれる⼩ホールなどが併設されている。
 会場に⼊ると講習には楽器が⼤きすぎるんじゃないかと⼼配になるような⼩さな⼦供さんから年配の⽅までいろいろな年齢層の⽅が参加されている。講師の⽅々は、⽇ごろ動画で演奏を拝⾒している有名なテケルー演奏者の⽅が何⼈もおられて、⼤いに驚き、こんな場所に来てよかったのかと相当に⼼配に・・。
 講習は先⽣が課題となるメロディを弾いたあと、⼀⼈ずつ同じフレーズを弾き、先
⽣から指導を受けるという形で進められるのだが、⼩さな⼦供さんやら、私のような初⼼者から、F さんたちのような演奏家の⽅まで同じように指導を受けるというのが 何やら新鮮。途中からはハンガリーの⺠族 楽器ツィタラの奏者の⽅が講師に加わって、⺠謡のメロディを紹介し、それをテケルーで弾くと⾔う講習が⾏われた。

 

 講習は⾮常に興味深いものの、私の場合メロディを覚えるのが精いっぱいで、テケルー演奏の肝である右⼿でハンドルを操って唸りゴマでリズムを刻むところは全くダメ・・。これでは⽔準が違い過ぎて他の⽅に迷惑だし、⾃分としても基礎的な演奏⽅法を習いたかったので、途中から初⼼者の⼦供たちを集めて⼊⾨者向けの教室が別の
部屋に移動して⾏われることになった(このあたりは実に臨機応変で⼦供たちのモチ ベーションが落ちないように細やかな⼼配 りをされている)ので、F さんのお勧めに 従い、先⽣にお願いしてそちらに参加させ ていただくことにした。⼩学⽣の⼦供たち と⼀緒に数時間にわたって講習を受けたが、⼦供さんたちの上達の速いこと速いこと・・若いと⾔うのは素晴らしいし、⾃分の物覚えの悪さにはほとほと呆れた次第。せめて 10 歳若ければなぁと思うのだがこればかりは仕⽅がない。⼦供たちよ・・これでもオジさんは頑張ったのだよ・・。
 休憩時間に建物の外に出てみると、⼤きなお鍋でグヤーシュがぐつぐつ⾳を⽴てている。これが今⽇のお昼ご飯ということなのだが、完成予定は午後 3 時頃になるらしい。空腹に耐えかねて F さんたちと街中まで出かけて⾷料品店でパンを購⼊して⾷べて、それから再度練習に参加した後、やっとお待ちかねのグヤーシュが出来たとのお知らせが。⼤きなお鍋からお⾁たっぷりのグヤーシュをお⽫に取り分けてもらって、ふうふう⾔いながら⾷べて⼤満⾜。お腹が苦しいぐらいになったせいか、⾷事が終わったあたりで練習は⾃然解散状態になり、荷物を⽚付けてホールに移動してコンサートを聴くことに。テケルーゼネカルという今回講師をされたテケルー奏者皆さまのバンドによる演奏は⼤迫⼒。これだけの台数のテケルーの演奏を聴く機会は⽇本ではありえないし、ハンガリーでもなかなかないのではなかろうか。コンサートが終わると会場にはハンガリーの⺠族ダンスの先⽣が現れ、テケルーゼネカルに加えて F さん他
講習会に参加したテケルー奏者の⽅も伴奏に加わったダンス教室に早変わり。タンズハーズという⾔葉は知っていたし、それに関する⽇本語の書籍も読んでいたが、⾒ると読むとでは⼤違い。よくあんなに体が動くものだと感⼼してしまう。参加できたら楽しいのだろうが、運動神経皆無の腰痛持ちが挑戦するにはハードルが⾼すぎる。
 ダンス教室が終わると⼀⽇のプログラム はすべて終わり。皆さんにお礼を⾔って会場を後にする。参加者の⽅のご厚意により⾞で市内まで送っていただき、バッチャーニ・テール駅で F さんにお礼を申し上げてお別れ。ひょんなことからご縁が出来た F さんのおかげで本当に得難い体験をした 1⽇だった。
 もし、また機会があるならば、参加して みたいと思うし、それまでにもう少しまと もにテケルーが弾けるようになっていたい。また、ハンガリーにお住まいの⽅には、こ んな得難い機会が⾝近にあるので、ご興味 がある⽅には是⾮テケルーを始めていただ いて、⽇本でテケルーを広めていただきた いと思う。
最後に、常にお世話になりっぱなしだった F さん、躊躇していた私の背中を押して下さった⾼久さんに⼼から感謝して、この駄⽂を終えることとしたい。

(マツヤマ ジュン)