政権政党によるメディアの囲い込み
盛田 常夫
ハンガリーの⽇刊紙や週刊紙は契約購読者が少ないために、スポンサーなしでは経営が成り⽴たない。ながらく旧社会主義労働者党(ハンガリーの共産党) の 機関紙的な役割を果たしていた⽇刊紙 Népszabadság は、2016 年 10 ⽉ 8 ⽇に廃刊が決まり、戦後 70 余年の歴史を終えた。数万⼈の定期購読者だけでは経営を維持することができないのである。政府系⽇刊紙 Magyar Nemzet も、定期購読者だけでは経営を維持できず、政府からの広告収⼊によって経営が維持されている。 政府系メディア帝国の樹⽴ メディア⽀配の現状 |
|||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
|
|||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
注:2017年のデータにもとづく。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
出所:https://mertek.atlatszo.hu/mindent-beborit-a-fidesz-kozeli-media/ | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
いずれにしても、KESMA は FIDESZ ⽀持の実業家の寄付や政府の補助⾦で機能する⼀⼤メディア帝国を構築することになった。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
政府批判が許されない政府系メディア 政権政党が肝いりで設⽴したKESMA や政府の⽀援を得て存続しているメディアは、⼀切の政府批判が許されない。政府は政権政党の⽀援者の税⾦だけで維持されているのではない。政府に批判的な市⺠からの税⾦によっても⽀えられている。したがって、政府がお⾦を出しているから政府批判は許されないというのであれば、昔の社会主義体制時代を変わらない。これを象徴するような事件が発⽣した。 2018 年 9 ⽉ 25 ⽇、政府系シンクタンク Századvég 発⾏の雑誌の最新号(Századvég, 88. 2018/2)が発刊停⽌となり、HP からも削除されたというニュースが流れた。もっとも、そういう雑誌があったことを知って いる⼈は少なく、このニュースに接して初めて、削除 された雑誌の PDF をダウンロードする⼈が増えた。 このニュースと共に、雑誌 Századvég 編集部が解散させられたというニュースが流れた。削除されたPDF は、削除される前に多くのポータルサイトに流され。現在、この号の PDF は、https://transparency.hu のサイトからダウンロードできる。ただし、ハンガリー語である。 Századvég は毎年、政府から巨額の発注を受けている政府系シンクタンクであり、雑誌の編集委員会にはオルバン⾸相も名を連ねている。この雑誌の 2018 年第 2 号は「レント(超過利潤)」をテーマに、何⼈かの論者に投稿を求めたものだった。巻頭論⽂は旧SZDSZ 系の経済学者ミハーイ・ピーテル(コルヴィヌス⼤学) とアメリカ在住のハンガリー⼈社会学者セレーニィ・イヴァン( ニューヨーク⼤学)が、Comparative Sociology 16(2017) pp.1-26.に発表した英語論⽂をハンガリー語に訳したもので、原論⽂名は The Role of Rents in the Transition From Socialist Redistributive Economies to Market Capitalism である。タイトルから内容が想像されるが、著者たちは FIDESZ 政権に批判的なことで知られている。ただ、発刊停⽌の直接的な理由になったのは、2006 年の総選挙にオルバン⾸相が FIDESZ の⾸班候補として擁⽴したボッド・ピーテル・アーコシュの論⽂である。ボッド論⽂のタイトルは、Bérek, profitok és járadék harca magyar szemmel(Struggle of Wages, Profits and Rent in Hungarian Eyes)で、ハンガリーの賃⾦上昇が鈍い原因は、政府がレントを独占していることにあると主張するものだった。この論⽂のなかで、世界銀⾏が公表しているWorldwide Governance Indicator からハンガリー、オーストリア、チェコの 3 ヵ国の指標⽐較表を掲⽰した。 この表によれば、チェコの統治⼒は 2010 年を契機に改善の⽅向に向かっているのにたいし、ハンガリーの統治⼒は 2005 年以降、悪化の⼀途を辿っている。この指標の信頼性には疑問の余地はあるが、この指標⽐較が FIDESZ の政治家の⽬にとまった。FIDEZS 政権になってから、統治⼒のレベルが下がっているという結論は受け⼊れられないのだ。 |
|||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
|
|||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
注:+2,5から-2,5までの5点評価が⾏われ、数値が低いほど低い評価となる。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
出所:WGI 2017より、ボッド論⽂が⽐較のために作成したもの。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
政府発注を受けて事業を展開しているシンクタンクが、政府を貶める論⽂を掲載するのは「以ての外」というのが、FIDESZ 政権の⽴場である。しかも、「政府がレントを利⽤して利潤を独占しているために、賃⾦が上昇しない」という結論は、到底受⼊れられない。当該の雑誌が削除され、発刊停⽌になっただけではない。このような論⽂掲載を許可した編集部は反政府的であるとして、編集部員全員が交代させられた。政権を⽀持する者であっても、オルバン政権に完全に賛意を表明できない者は重要ポストから排除されるべきというのが、オルバンあるいはオルバンの意向を忖度する政治家の基本的なスタンスである。公的補助を受けている機関は、オルバン政府が実⾏する政策や成果を批判することは許されないのである。 ボッド論⽂問題が冷めやらぬ 2019 年 2 ⽉ 4 ⽇、設⽴されて間もないFIDESZ のメディア帝国KESMA のアドヴァイザリーボード委員⻑で、元 FIDESZ 国会議員のヴァルガ・イシュトヴァーンが辞任した。辞任の原因になったのは、その 2 週間前にポータルサイト 24.hu に掲載されたヴァルガ委員⻑の⻑⽂のインタビュー記事( https://24.hu/belfold/2019/01/22/varga-istvan-interju- media-alapitvany/)である。 このインタビューで、ヴァルガは率直に意⾒を表明し、「KESMA 傘下の紙誌の記事レベル(は低いので) を、(政府に批判的だが読み応えのある)ÉS(Élet és rodalom)紙のレベルに上げることが⼀つの⽬標」、「私は右の紙誌も左の紙誌も読んでおり、1976 年以来 ÉS を購読し、⽉ごとにÉS 紙を綴じて保管している」、「公共メディアは傍⽬から⾒ても完全とは⾔えない。政府批判の街頭デモも取り上げるべき」、「KESMA はリスカイ・ガーボルのアイディアで設⽴され、私はリスカイの要請を受けて、ボード委員⻑に就任した」と述べた。この喋りすぎが、オルバンへの忠勤に励む忖度政治家の⽬に留まった。このインタビュー記事がネットで流れてから 2 週間後、ヴァルガはリスカイに辞意表明を⾏い、リスカイがそれを承認した。 この⼆つの事例からうかがえるように、現在のFIDESZ 政権は旧社会主義体制時代の共産党⽀配にますます近似している。「100%味⽅でない者は、皆、敵」という偏狭な発想にもとづいて、メディア⽀配に⼒を注いでいる。政府を⽀えている税⾦は、政権政党を⽀持する者も⽀持しない者も収めているお⾦である。⽀持する者のためだけに税⾦が利⽤されるのは社会的公正の観点から受け⼊れられない。政府は批判を受け⽌めるだけの度量を持つ必要がある。それが近代の⺠主主義政治であるはずだ。 |