1.自己紹介をお願いします。
 ブダペスト生まれです。学生時代もほぼブダペストの学校に通いました。子供の頃は、バレエや楽器、歌をやってみたものの、結局いつも一番好きだったのは絵を描くことでした。 12歳で定期的に琺瑯づくりを始めたのですが、光沢と滑らかさに惹かれる一方で、触り心地の冷たさが馴染めませんでした。そんなこともあり、後に芸術高等学校では皮革科を志望しました。皮の触り心地は柔らかく、しなやかに立体形成することができるからです。その後、大学ではファッションデザイナー学科へ進み、皮革専門の工芸美術家として修士課程を修了しました。卒業後は、続けて皮以外の天然素材についても研究をしました。

2.日本の漆塗りに携わるようになったのは、いつからですか?何故ですか?どこからそのアイデアが浮かんだのですか?
 1993年に家族と一緒に旅行で東京に長期滞在する機会がありました。日本へ出発する前、民族博物館のトルマ・ラースロー氏のもとを訪れました。その時、氏が日本のエイ革の箱を見せて下さいました。吟スリ加工された粒状の角質の突起に緑がかった半透明の塗りが施されていて、角質の模様の美しさを際立たせていました。表面の光沢にもかかわらず、触り心地に温かみがあるところも気に入りました。それで、日本へ行ったら“漆 urushi”もしくは“漆器 shikki”という名前のこの神秘的な工芸を訪ねようと心に留めたのです。後になって知ったことですが、ヨーロッパでは防腐処理が施されるのに対し、この技法は傷つきやすい皮を何世紀にもわたって保護してくれます。これは、正倉院に保管されている皮箱の状態からも証明されます。加えて、漆を添加していない透明な層に金粉、銀粉または貝殻粉を振りかける(=蒔絵)ことで、ホログラム的な効果を出すことが可能です。それと同時に、表面の光沢感は、絹のような艶消し仕上げから艶のある鏡面仕上げまで様々に作り上げることができます。このことは、数多くのグラフィックゲームに可能性をもたらしました。それに、この液状半透明の樹脂に顔料と増粘剤を加えることで、素朴な石や竹、桜の樹皮から貴金属板まで見た目を様々な素材に似せることができます。しかも、伸びが良いので平らな面に塗るのに完璧で、粘着性が強く複雑な造形に適しているのです。この粘着力を用いて、傷ついたり割れたりした漆器や瀬戸物もつなぎ合わせて新たに使用することができます(金継ぎ)。耐熱性が並外れているので、漆で修繕された椀でも熱いお茶を入れることができます。最初は煌めく漆の温かい触り心地に惹かれたのですが、次第に限りない用途の可能性があることを知るにつれて、子供の頃から探していた「奇跡の素材」をついに見つけたのだと思うようになりました。それ以来、自分は恵まれていると感じています。制作過程では大変な作業段階もそれはありますが、退屈なことはひとつもありませんから・・・。

3.どこで、誰に専門技術を学びましたか?
 私が日本に行った当時は、ずいぶんの間漆工房が見つからなかったので、代わりに魅了されたのが、布地のように柔らかくちりめん加工された和紙を皮のように用いて物を作る技法でした。私のハンガリーでの専門に通ずるものがあったからです。ですが、そのうちに渋谷にある村井養作漆芸学校を探し出したので、すぐさまそこへ入学しました。そこで 3年が経ったころ、根気が認められ師は荻窪にある工房へ私を招いて下さいました。そこでは、既に何十年も “先生”のもとに通っているお弟子さんたちに会うことができました。私も以降 16年間、 2012年に先生が 93歳で亡くなるまで聴講生として教えを受けることができました。先生は、膨大な知識の断片と若々しい研究意欲を長年の聴講生たちに教え与えて下さいました。ご子息のご尽力により、学生たちは師を偲んで今日でも工房で共に創作活動をしています。みな年配ですが、今年も勉強仲間と会えることを願っています!そして、村井先生は若い頃、東京藝術大学で教鞭をとられていたので、先生の推薦で 1997年から 1998年の間、研究生としてそこで勉強させていただきました。大西長利教授、三田村有純教授、増村紀一郎教授に師事しました。この間、荻窪の工房へも定期的に通いました。漆芸学校と大学ではどちらでもまず、過去の大家の作品を模造しました。手作業の技法と精神面の謙虚さを身に付けるためです。ヨーロッパでも中世までは勉強の一環として模造が行われていましたが、残念ながら今日では、こうした模造がもたらす複合的かつ有益な効果は忘れ去られてしまっています。

4.特殊な材料は、どこから取り寄せていますか?
 漆は、特徴の異なるものをいくつか日本から取り寄せています。一番品質が良いからです。螺鈿(らでん)という貝殻は、種類の多い韓国から取り寄せています。個人的な創作過程で役に立つカブリモドキの殻は、今まで昆虫採集家の友人からもらっていました。馬毛はハンガリーで買います。

5.どんな種類の作品を今までに制作しましたか?自信作はありますか?写真は?
 一度、無常の一瞬を永遠のものにしたいと思い、蜘蛛の巣と、それを作っている蜘蛛を漆で“ミイラ化”するアイデアを思いついたことがありました。なのですが、かわいそうで蜘蛛を殺すことができませんでした。それで、昆虫採集家の友人からすでにもらっていた虫たちを次々に漆で固めることを始めました。こうして独自に私の“虫の殻”技法が出来上がりました。先生は、何か月もじっと私の試みを注視されていました。そして作品が出来上がった時、棚から古代の漆芸品集を取り出し、ある作品を見せて下さいました。虫の羽を用いる試みは、実は昔すでに行われていたのです。ですが、先生のいつもの教え方として、私がこのアイデアの第一人者ではなかったことを暗示されたのではなく、千年以上も前に似たような虫の羽で装飾された仏具(玉虫厨子)の状態を見せることで、私の試みた作品がいかに生命維持力を持っているかを証明されたのです。そんな訳で、このアイデアのことを一番誇りに思っています。ハンガリー人として、馬毛のアクセサリーに金メッキを施すことにも喜びを感じています。これは馬の尾毛の長い部分を編み込んだものです。細やかな作りの表面に金メッキの魔法をかけることで、 “貴金属の網目 ”のように変えることができます。

6.どこで展覧会をしましたか?応募やコンクールに参加したことはありますか?
 数年にわたり、興味のあるハンガリー人の方を対象にスクリーンを使った講演を行っているのですが、漆の特性や加工方法、伝統的な使用分野から現代の状況までを紹介する際に、私の作品を映します。それをきっかけに、個展やグループ展覧会などでお披露目することができました。(ハンガリー応用美術館、ホップ・フェレンツ東洋美術館、ペーチのヤヌス・パンノニウス博物館、ソンバトヘイの画廊、ブダペストはシャーマン・ギャラリー、スターリング・ギャラリー、ブダエルシュ地区のジチ城、市営図書館、自治体ギャラリー、オーブダ地区の熱帯樹木スタジオ、ブダペスト現代美術館国立サロン)日本国際交流基金の応募では、今までに半年間の日本研究留学と、出版物刊行の賞をいただきました。
7.将来を踏まえて、どんなことを計画していますか?
 日本では漆塗りの技術だけでなく、素晴らしい一致団結の機能とパワーも学びました。私の目標は、自分の作品を通して“社会的精神”の必要不可欠性を呼びかける道を模索することです。それで、そのために必要な視覚的システムを作り上げる計画を立てました。ユングはかつて古代の人々の普遍的深層心理作用から “元型イメージ(集合的無意識)”の概念を提唱しましたが、まさにその通りに私たちの精神と心が一斉に動かされるようなシステムができればと思います。
 他には、 2004年に国家支援を受けて日本の漆塗りの歴史と技法を紹介する原稿を執筆したのですが、それに新しい研究結果を付け加えて内容を更新し、発行スポンサーを探すことに決めました。そうすれば、ハンガリーの学生たちは、ハンガリー語でこの日本の奥深い特殊な技術に触れることができるようになるでしょう。

8.これまでの仕事を振り返って、どのように自己評価していますか?
 私は、日本で学んで得た経験や教訓、失われてしまった古代の人々の普遍的深層心理作用の意味や力について、自身の作品の中で特別な装飾を通して物語るようにしています。最近は、同様の課題に勤しむ方たちと交流する機会も増えてきました。お互いの質問に答える形で、私は作品の形成について話し、相手は自分の仕事について話します。私は旅行することが多いため、今まではこのようなやりとりは波のように不安定だったのですが、最近では問い合わせて下さる方たちと会話が続くようになりました。テーマの特殊性から、技術面と理論面で上達することは、単なる専門の問題ではなく個人の問題だと考えるようになりましたが、日本滞在中にこのような特別な素材や職人技に触れることができたこと、何よりも、学生であれ師であれ、漆工芸に携わる人たちの模範的な世界観や生き方に出会えたことは、大きな助けとなりました。私の作品を見たり講演を聞いたりした方は、この証人であり、そのおかげでホップ・フェレンツ東洋美術館の蒔絵展覧会の際にお招きいただき、技法を紹介するイラストを作成することができました。後に、そのイラストは他の作品と一緒に美術館にご購入いただき、嬉しく思っています。

9.ハンガリーもしくは他の国で作品を鑑賞することはできますか?
 イギリスの職人指導者ブックの漆工芸に関する章で、私の創作過程が写真付きの文章で紹介されています。オーダーを優先で請け負っていますので、日本以外ではハンガリーの個人コレクションでご覧いただけます。公共の場所では、ハンガリー応用美術館の現代漆コレクションに私の漆塗りの箱二つが収められています。

10.読者の方に向けて、お知らせや告知はありますか?
 まもなくホームページ (www.japaneselacquer.hu)とフェイスブックのページが新しくなります。今日お話しした精神に培われたテーマについて、皆さんにお伝えできるように努めますので、どうぞご覧ください。

インタヴュー期日: 2018年 12月 18日