2018年 1月 12日、ハンガリーの反政府系メディアは一斉に、 The Wall Street Journalがオルバン首相の女婿が関与している企業に不正があったという OLAF報告の存在を報じた( EU Fraud Office Finds Irregularities in Projects Linked to Hungarian Leader’s Son-in-Law, Updated Jan. 12, 2018 11:11 a.m. ET)。OLAFはハンガリーの野党 LMPからの告発を受け、ハンガリーで 2011年から 2015年にかけて実行された公道の照明灯設置事業(EU補助金対象事業)中の入札案件 35件を 2年間にわたって調査し、 2017年 10月にその報告書をハンガリー政府に送付し、ハンガリー国内での捜査と法的措置を求めた。
政府への勧告である OLAF報告は公開文書でなく、公開・非公開は当該政府の判断による。地下鉄 4号線にかんする OLAF報告は、政権を奪取した FIDESZが社会党政権時代の「悪行」を暴露するという意味で公開された。しかし、公道の照明装置設置事業にかんする OLAF報告については、政府は非公開を決めた。なぜなら、オルバン首相の女婿(長女の婿)、ティボルツ・イシュトヴァーン( Tiborcz Istv.n)が所有する企業 ELIOSの案件だからである。
EU補助金対象となったこの事業は、地方都市の街灯をエネルギー節約的な LEDに変える事業で、比較的入札参入障壁が低い事業である。そこが目の付け所になった。この事業は専門的な知識や業務経験がなくても、入札に参入できる可能性があり、オルバン首相の女婿の実業家への転身を助け、金儲けさせる忖度(そんたく)事業として最適だった。
体制転換から 20年以上が経過し、市場経済への転換過程にあるハンガリーでは、補助金事業が一番手っ取り早い事業成功の道である。政治力のバックがあれば、「無から有を創る」ことができる。補助金のうけ皿になる会社を作り、そこに補助金が流入する仕組みができれば、自己資金なしで事業を始め、市場経済のプレイヤーになることができる。
第三次オルバン政権の首相府官房長官に抜擢されたのは、ホードメズーヴァーシャールヘイ市長ラーザール・ヤーノシュである(ハンガリーでは地方自治体の首長が国会議員を兼ねたり閣僚を兼ねたりすることが容認されている)。彼はオルバン首相への忖度と感謝を込めて、EU補助金事業が始まる前の 2010年、ティボルツの会社に事業経歴を与えるために、市の街灯を LEDに変える事業を 7億 2100万 Ftで ELIOS社と契約した。ただ、この事業の入札には照明分野で長い歴史と経験をもつ Tungslam-Schreder社も参加したために、少し面倒なことになった。ホードメズーヴァーシャールヘイ市は初期のシナリオ通りに、豊富な経験をもつ Tunslam.Schreders社を排除し、素人同然の ELIOS社を選定した。これにたいして、 Tunslam-Schreders社は選定結果に異議を唱え、政府の公的発注決定委員会に提訴したのである。首相の女婿の会社が受注し、官房長官が主導した案件である。決定が覆るはずもなく、裏での話し合いが進行し、Tungslam-Schrederが ELIOSの下請け事業者となることで問題がうやむやのまま処理された。典型的なハンガリー的妥協である。
こうして ELIOS社は街灯照明工事の経歴を獲得し、翌年から入札が始まった地方都市の街灯照明事業に次々と参入し、実に 35の市町村で EU補助金付きの LED転換事業を落札した。ところが、 OLAFはそれぞれの入札について、不正やごまかしがあったと認定している。 2010年にゼロから始まった ELIOS社の事業は、 2016年に全国 46市町村の事業を引き受けるほどになった。これがまさに補助金から事業を興す典型的な方法である。
ELIOSが入札に参加するにあたって、ある忖度が実行された。それは入札条件の変更である。政府の担当部局から、市町村の街灯照明転換の補助金詳細が公示されたのが 2012年 12月 12日で、補助金申請の受付開始日が 2013年 2月 11日とされ、受付順に補助金が支給されるとあった。ところが、受付開始日の 3日前になって、突然、入札条件の一つの変更通知が、政府の担当部局から市町村へ通達された。 LED電球の耐久時間が 50,000時間から 100,000時間へ変更された。これは LED電球の納入額を増やすための条件変更だった。耐久時間が増えれば、電力節約額が大きくなるので、エネルギー節約(LED照明投資額にたいするリターンの最大化)の名目にも叶う。
急な条件変更と LED街灯の設置経験の必要性から、実際の入札参加者が限定された。しかし、入札者が ELIOS社 1社だけにことなるとまずいので、ダミーの入札者が作られた。たとえば、ヴァーツ市の入札では、 ELIOS社のほかに、 SMHV Kft.、KVIKSZ Kft.、Polar-Studio Kft.も入札に参加していることになっているが、 OLAFはこの 3社の入札書類は 1人の人間が、同じ PCを使って作成したと断定している。 2番手、 3番手の入札額が、 ELIOSの入札額よりそれぞれ 5%と 7%だけ高くなるように作成された。受注した 35件のうちバラトンフレッド市の 1件を除き、どの入札でもダミー会社はすべて 5%と 7%だけ高く設定した入札額になっていると指摘され、同じ PCを使ってダミー会社の入札書類が作成されたと断定している。あきらかに詐欺行為と不正入札が行われた。
さらに、 LED照明事業への補助金を申請した自治体側の顧問として Sistrade Kft.が入札公示の文書作成を行ったが、この会社の所有者であるハマル・エンドレはティボルツの同窓生で、 ELIOS社のパートナーとして所有権の一部を保有していた。また、 Sistradeが入札公示に必要な投資リターン(収益率)の計算に使う EXCEL表を作成したのは、 ELIOS社のマンツ・イヴェット( Mancz Ivett)だと記されている。マンツは ELIOS社のこの事業の責任者である。 OLAFが問題視するのは、このような詐欺行為や不正行為が公然と行われたことだ。
ヴァーツ市の入札公示文書の付録部分を作成したのもマンツで、カロッチャ市の最終監査を行った INS Kft.の実際の作成者は、やはりマンツと Sistradeのプシュカシュ・アンドラーシュだと記されている。
要するに、各自治体の入札文書作成から最後の監査文書作成まで、実際のところ、すべて ELIOS社が行ったのである。利益相反を超えて、補助金詐取という犯罪行為である。 OLAFは ELIOS社が受注した事業は犯罪を構成するので、 EU補助金の全額の返還が必要だと提案している。その額は 4,370万ユーロである。これは EU委員会とハンガリー政府との間の協議に任される。
OLAFはハンガリー政府にたいして、 ELIOS社が受給した補助金取得に不正があったとして、ハンガリーの捜査当局の捜査を求めた。実は、 2015年に、ハンガリーの野党 LMPが ELIOS社を告発したために、この件はいったん捜査されたことになっているが、不正の証拠を見つけられなかったとして、早々に捜査が終了していた。そうした経緯があって、 LMPが OLAFに告発した案件である。
今回の OLAFの告発にもとづいて、再び捜査を開始したハンガリーの検察当局は、 2018年 11月初め、再び「ELIOS社の補助金受給に不正需給の証拠はなかった」という結論をだし、捜査の終了を宣言した。警察も検察も、最初からこの案件の捜査のやる気などまったくなかった。内務大臣も、警察庁長官も、検察庁長官も、皆、オルバン首相の個人的な支援を受けてポストに就いているので、最初から結果は分かりきっていた。
OLAFはこの結果を踏まえ、「EU委員会に補助金返還の提案を行い、ハンガリーの検察庁には犯罪証拠を含めて、最終的な報告を送付した。 EU委員会は今後、この措置を議論することになる」と伝えている。
ELIOSは 2010年から 2016年の間に、 EU補助金事業で 143億 8400Ftの売上げを記録したが、そのうちの 84%は EUから得られた補助金である。オルバン首相の女婿で、 ELIOS社の所有者であるティボルツ・イシュトヴァーンは、 2015年に ELIOS社の所有権を売却し、身辺整理を図った。
お金と権力(社会的特権)は人を変えてしまう。右であろうと左であろうと、古い時代に育っていようと新しい時代に育っていようと関係ない。ハンガリー社会には権力を利用して獲得したお金は「汚い」という感覚はない。不正な入札を行って公的資金を得たことにたいして、呵責の念はない。不正入札、談合、贈収賄が社会的公正さを欠く犯罪要件を構成するという社会的規範はハンガリー社会では確立されていない。
公的補助金が経済的成功を収める重要な手段になっているハンガリーならではの事件であるが、 2017年暮れから、チェコ首相バビッチ( Andrej Babi.)の息子と娘の事件が大々的に報道され始めた。チェコの新型リゾートである Storks Nest Farmの建設で、 EU補助金 200万ドルが不正に取得されたという容疑である。前妻との間の息子と娘が Storks Nestの所有者であるにもかかわらず、親族が所有していることを隠蔽して補助金を詐取したという容疑である。 OLAFは 2017年 12月 27日に、チェコ政府にたいしてこの案件での報告書を送付した。 OLAF報告書はチェコの検察当局の捜査をベースに、それを裏付ける形で補助金不正取得を認定したようだ。
さらにそれから 1年後の 2018年 11月。首相の息子 Andrej Babi. Juniorが TVインタビューで、父の腐敗にかんする証言を行おうとしたところ、ロシアやウクライナに誘拐・幽閉されたと爆弾発言を行った。バビッチ首相は「息子は精神障害を患っている」と述べ、息子の言動を信じないようにと牽制したが、野党は不信任動議を出して首相を批判した。首相批判の街頭デモも行われた。
少なくとも検察や公共放送が事件を隠蔽しているハンガリーとは違い、チェコの場合には首相の家族の不正や腐敗は社会的批判に晒されている。しかし、体制転換先進国であるチェコやハンガリーで、転換 30年を経ても、この種の権力を利用した不正行為が公然と行われていることは驚きである。チェコやハンガリーから東南に位置する諸国の状態が、チェコやハンガリーより良いはずがない。ブルガリアやルーマニアの不正・腐敗はより深刻だと言えるが、 OLAFの調査が入るかどうかは、野党や反体制派の力にかかっている。与野党の対立が激しい諸国では、補助金の不正受給への監視力も高くなると考えられる。 OLAFの調査と勧告はなによりも当該諸国からの訴えが出発点になるからである。
報道によれば、ハンガリー政府はこの ELIOS社が絡む補助金事業について、 EUからの補助金を申請しないことにしたという。これ以上、問題を長引かせることは、政権政党にとって得策でないという判断からである。結果的に、ハンガリーの税収が、首相の女婿の起業成功のために使われたことになる。 |