この6月からヨーロッパはサッカーの欧州選手権で燃えている。長らく欧州選手権から遠ざかっていたハンガリーは、予選のプレーオフでノルウェーを破り、かろうじて本戦に参加することになった。実に44年振りの出来事である。フランスの各地で開催される今大会には、ハンガリーからも数万人のファンが応援にでかけ、会場は熱気に包まれた。かつてのサッカー王国ハンガリーがこんなに長きにわたって欧州選手権の出場を逃していたのは不思議だが、実は欧州選手権に参加できる国はきわめて限定されていたのだ。
 EURO-2016の出場国は24ヵ国だが、その前のEURO-2012の出場国は16ヵ国に限られていた。さらに遡って、1980年から1992年まではわずか8ヵ国、1960年から1976年までは、予選リーグを戦った後に、4ヵ国だけが本戦を戦う形式をとっていた。要するに、長い間、欧州選手権は予選を勝ち抜いたチームの決勝トーナメントのような短期決戦だったのである。

 今回の選手権予選にはUEFA(欧州サッカー協会)加盟の55ヵ国が参加し、開催国フランスを除く54ヵ国が23枠を争った。オランダが本戦に進めないなど、本戦に出場するだけでもたいへんな大会である。ところが、出場国の枠が広げられたことにより、人口50万人にも満たないアイスランドやサッカーとは無縁と思われていたアルバニアが出場し、かつ勝利を重ね、それぞれの国は沸きに沸いている。欧州選手権初勝利をあげたポーランドが快進撃を続けているのも特筆される。その反対に、前回優勝のスペインが決勝トーナメント1回戦でイタリアに敗れ、姿を消した。イングランドもアイスランドにまさかの負けを喫し、サッカーというスポーツの難しさと面白さを見せてくれた。
 さて、そのハンガリーだが、ポルトガル、オーストリア、アイスランドの国に入り、予選リーグを戦った。戦前の予想では、アイスランドと3位を争うのが関の山と考えられていた。ポーランドやオーストリアには欧州リーグで活躍する選手が多数いる。ところが、ハンガリーの選手のほとんどがポーランドリーグやトルコリーグで活躍する選手で、わずかにFWのサライがドイツリーグのハノーファーやホッフェンハイムに所属していたが、常時スタメンを勝ち取れていたわけではない。
 もっとも、ゴールキーパーのキラーイは長らくドイツリーグのヘルタ・ベルリンで正キーパーを張っていたが、すでに40歳である。だぶだぶのトレーナーのズボンをはいているので、パジャマキーパーと名付けられたが、ヘルタ時代からこのスタイルだった。多分、着心地が良いのだと思うが、とっさの動作の時には膨らんだ布地が邪魔になるはずだと思うが、ドイツでもハンガリーでも、監督のこのスタイルを問題しなかったようだ。私が監督だったら注意すると思うが。
 もう一人、37歳のゲラはウエスト・ブロムウィッチ・アビオンの中盤の選手として、プレミアリーグで活躍し、長らくハンガリー代表の中盤の要としてチームを引っ張ってきた。予選リーグのポルトガル戦でゲラが決めた最初のゴールは、グループリーグでもっとも美しいゴールに選ばれた。しかし、年齢から来る衰えは隠せなかった。
 今回のハンガリーチームを牽引したのは、サイドハーフのジュジャークである。日本チームに例えると、右サイドを張るときの本田圭佑のような存在である。ポルトガル戦では2本フリーキックを決め、一躍その名を知られることになったが、すでに欧州各国のリーグを経験しており、現在はトルコリーグのブルサルスポールに属している。

 さて、予選F組に入ったハンガリーだが、大方の予想に反して、無敗の1位で決勝トーナメンチに歩を進めた。初出場のアイスランドも番狂わせの2位で予選を通過し、しかも決勝トーンナメント1回戦でイングランドを破ったのだから、国中が大騒ぎである。
 ハンガリーチームの選出の市場価値がおよそ30億円と評価されていて、ポルトガルはロナウド1人の市場価値が140億円を超える。グループリーグ最終戦で常にポーランドに先行してリードを保ったが、最終的に引き分けに終わった。しかし、それによって、ハンガリーは予選リーグをトップで通過したのだから、国内のいたるところで大騒ぎになった。ブダペストでも、各所にPV施設が設置され、試合後に多くのファンが環状通りを埋め尽くし、バスト電車は数時間にわたって運行を停止した。日本のように警官が「交通の邪魔になりますから立ち止まらないでください」などという野暮な警告をおこなうことなく、この夜は各所で乾杯が繰り広げられた。

 残念ながら、決勝トーナメント1回戦では、世界ランク2位のベルギーに完敗した。78分に2点目を入れられるまで、同点狙いで果敢に攻め込むチャンスは何度もあったが、ベルギーは試合開始から前線で圧力をかけ、自陣で球を奪ってからの速攻は目を見張るものがあった。2点目を決められてからは気落ちし、結果的に4-0で完敗となったが、チーム力の違いをまざまざと見せられ、ハンガリーのサッカーファンも納得の敗戦となった。
 こういう代表の活躍があれば、再び、サッカーへの期待が膨らみ、若い世代が活躍する時代が来るかもしれない。そういう期待を抱かせるEURO-2016のハンガリーであった。

 (盛田 常夫記)