私は最初に、ピアノ演奏を学ぶためにリスト音楽院に留学をしました。演奏技術の向上を目指し、努力を続ける中で、ハンガリーの教授達の指導者としての考え方や教育方法論に深く感銘を受け、教師として教育学、心理学を特に学びたいと考えるようになりました。EUのピアノ教職免許取得(ボロニャイシステム)を目標に、デブレツェン大学大学院に入学しました。デブレツェンはブダペストに次ぐハンガリー第2の都市でもあり学園都市です。自然が豊かで美しい町並みが印象的なところでした。
 大学院では専門科目のピアノ演奏とピアノ指導法、室内楽などその他音楽関係の科目に加え、教育学方法論、英才教育、学校開発、心理哲学、精神衛生学、障害教育、など多岐にわたる科目を学習しました。教授と学生のディスカッション形式の講義に初めは戸惑いましたが、参加して多くのことを学ぶことができました。初回の講義は教授と学生双方の自己紹介から始まり、自然と打ち解け合うことができました。その後、教授達は各自の個性を発揮し、非常に熱のこもった講義を展開します。それを聴いている学生も積極的で疑問があれば即座に、頻繁に質問をし、すぐに教授もそれに応答するのですが、この対応の早さには大変驚きました。
 日本の大学のように指定されたテキストなどはありませんでしたが、自ら探求して学ぶ姿勢が必要で、彼らから、その必要性を私も充分に学ぶことができました。専門の知識・技能を身につける以外に、自ら求め、考えることの重要性、インスピレーションを大切にすること、教育的効果を高める個人の意欲を喚起する指導法などを学びました。大学の音楽学部の学生を受け持つ教育実習もありましたが、学んだことをそこでの指導に生かすことができました。
 専門科目のピアノの指導は1対1で行われました。担当して下さった教授は、まるで親子のように愛情深く指導して下さり、私は大変感銘を受けると共に、心強く感じました。クラスメイトには既にオーケストラに所属している演奏家や教師をしている社会人が数多くいました。私がテキストもなく、全ての講義をマジャール語で受けていることを心配して、聞き取れなかったことを教えてくれるなど多くの仲間が助けてくれた事など、とてもありがたかったです。ディプロマコンサート、度重なるレポート提出と試験、論文作成、集中ゼミナール、そして筆記と口述による国家試験はハードでしたが、ハンガリーの人々は皆本当に愛情深く、私は、様々な場面で支えてもらったことを心から感謝しています。
 6月20日に行われた卒業式は、私の予想をはるかに超えていた位、厳粛な上に盛大に行われました。私達卒業生はアカデミックマントを着て角帽をかぶり参加しました。私は学長から直接舞台で卒業証書を渡され、無事ピアノ教職修士を取得しました。満席の人々から大きな拍手を受け、記念に残る素晴らしい1日となりました。
 私は親しんだハンガリー生活に別れを告げ、まもなく日本へ戻る事となります。ハンガリーに来たばかりのころは、言葉の壁や文化の違いに戸惑いましたが、今ではハンガリー人の親友もたくさんできました。ここでは芸術が市民のくらしに深く根付いており、街の至る所で様々な演奏会が多く催され、気軽に足を運ぶことができます。私自身も演奏する機会を多くもつことができました。この地で学んだことを生かし、一人一人の個性を尊重した教育を目指し、後進の指導に取り組みたいと願っています。そして、ハンガリーの皆さんとの温かい心の絆を今後もずっと大切にしていきたいと思います。