欧州議会、対ハンガリー制裁手続き着手を支持
 欧州議会は 12日、欧州条約 7条に基づき、対ハンガリー制裁手続きの開始を勧告する報告書を、 3分の 2超の支持を得て採択した。欧州議会がこのような重大な決定をするのは初めて。このまま進むと、究極的には欧州理事会でのハンガリーの議決権停止に至る。いったい何が問題なのか。果たして本当に制裁発動にまで至るのか。

基本理念の重大侵害リスク
 報告書は、欧州議会内の「市民的自由・司法・内務委員会( LIBE)」が取り纏め採択したものだ。(取り纏めた欧州議員の名を採って「サルジェンティー二報告書」と呼ばれる。報告書作成までの経緯についてはハンガリージャーナル 2017年 6月号を参照されたい。)報告書は、ハンガリーにおいては法の支配や報道の自由、学術研究の自由などの「 EUの基本理念の重大侵害のリスクが明確にある」と結論付けた。
 オルバーン首相が率いる現政権は 2010年に発足して以来、基本法(新憲法)を始め、重要な法律をことごとく改正してきた。その度に、国内外から人権の縮小、司法独立や報道の自由の制限などにつながる、民主制の後退と批判された。
 これまでは欧州委員会がハンガリーに対し、EU関連法の侵害手続きを開始。欧州委と政府が協議し、問題がないよう法を修正するというのが常套であった。ただ、一連の修正が施され「法の文言上の問題」は解決されても、実態として民主主義が後退しているという猜疑心が消えることはなかった。むしろ、近年はますます増幅していた。それは現政権が、非政府組織 NGOの活動に圧力をかけるような法、難民庇護申請を著しく困難にする法、政府がターゲットにする米投機家ソロス氏創設の CEU大学の運営を窮地に追いやる法など、休むことなく導入を図っているからである。

ハンガリー政府は「復讐」、「脅しだ」と反発
 オルバーン首相は、欧州議会での採決の前日、本会議で、そもそもサルジェンティー二報告書には、既に欧州委と決着済みの事項を蒸し返すなど、事実誤認が多いと主張。このような報告書は、ハンガリーが移民受け入れを拒否していることに対する「親移民派」の復讐であり、黙らせ強要させるための「脅し」という論戦を張っている。だから「脅しには屈しない」としている。
 また、いつものように、政府に対する批判ではなく、「常に自由のために闘ってきたハンガリー、ハンガリー人に対する非難である」と述べた。
欧州議会での採決後は、その方法が EU関連条約には沿っておらず、今後法的手段に訴える予定。議会では、賛成( 448)、反対(197)、棄権( 48)の合計 693で、議会のカウント方式は棄権分を除くもの。ハンガリー政府は、棄権分は含まれるべきという解釈。そうなれば 3分の2には達していなかったと主張している。

制裁の発動可能性は低く
 今回の欧州議会の採択によって、ハンガリーへの制裁が一足飛びに加えられるわけではない。 EUは加盟国の平等が原則。そのため、「議決権の停止」は劇的な措置になるので、慎重に幾つかのステップを超えない限り実現しない。
 EU基本理念を違反した場合の制裁メカニズム(欧州条約 7条)には、 3段階ある。現在は第 1段階の「重大な侵害の明らかなリスクがある」かの判断課程の半ばである。
 今後、欧州理事会(加盟各国首脳、欧州委員会委員長、欧州理事会議長)の 5分の 4がそのようなリスクがあると見ない限り、第 2段階には進まない。第 2段階では、「深刻で、かつ継続的な違反がある」かを判断するが、ここでもまた欧州議会の 3分の 2の支持、その次に欧州議会の全会一致(ハンガリーは除く)が必要になる。
 第 3段階でようやく制裁発動となるが、この発動にも欧州議会の特定多数決方式での多数(*)の支持を得なければならない。 (*構成国の票数の 55パーセント以上が支持、かつ支持国全体の人口が全 EU人口の 65パーセント以上の場合可決)

 こうして見ると、実際の発動に至る可能性は極めて低いことがおわかりいただけるだろう。特に欧州理事会での「全会一致」の要件は、非常に高いハードルだ。ポーランドは早々にハンガリー支持を再確認しているため、まず実現しそうにない。ポーランド自身も、司法改革で欧州委員会から昨年 12月に 7条制裁手続き着手提案がなされており、ハンガリーは直ちに擁護していた。両国はがっちり肩を組んでいるのである。また、チェコのバビシュ首相もハンガリーに連帯を示している。
7条は直ちに制裁を施すこと自体が目的というよりは、基本理念侵害の予防であり、もともと手続きの過程で対象国が是正することを期待するものであろう。

欧州議会選挙で風向き変わるか
 今後、ハンガリーへの制裁手続きの進み具合については、もう一つの要素を考える必要がある。それは、欧州議会選挙である。欧州条約 7条のそれぞれの段階には、具体的な期限は設けられていないため、途中で来春に予定されている選挙を迎えるのは確実。この選挙いかんで風向きが変わる可能性もある。
 欧州議会選挙は 5年毎に実施されている。これまでは、各国の議会選挙と比較して確たる争点も乏しく、有権者の関心も低かった。ハンガリーでも、前回 2014年の投票率は僅か 28.9%だった。しかし次回の選挙は、有権者が「どのような欧州にしたいのか」を選ぶ重要な選挙になりそうだ。
 前回の選挙以降、欧州は 2015年の難民移民の大量流入で政治的、社会的に大きく混乱した。パリやブリュッセルなどでテロ事件も発生した。並行して、ハンガリーやポーランドで、 EU基本理念の違反と懸念される法改正をする政権が根を張り力を増した。オルバーン首相や他国のナショナリスト、ポピュリストとされる政党らは、「国家の主権」を前面にかざし、加盟各国の権利をさらに移す形で進められる EU統合深化には反対だ。こうした勢力が、反移民、キリスト教の欧州を守ることなどを大義に、効果的な結集の道を模索している。
 仮にこうした勢力がより多くの議席を獲得すれば、第 7条制裁のステップが進む可能性はさらに低くなる一方で、新議会で選出される欧州委員会委員長も現在のユンケル氏と違い、オルバーン氏にとって有利な人物になることさえ考えられる。

最大会派のジレンマ
 欧州議会では、オルバーン首相が率いる与党フィデス・ハンガリー市民同盟( Fidesz)は「欧州人民党グループ( EPP)」に属している。EPPは中道右派でキリスト教民主主義、保守主義などとされる政党が集まる最大会派である。
今回の欧州議会の制裁手続き勧告報告書は、本来は Fideszの仲間であるはずの EPPに属す欧州議員も 124人が支持票を投じた。反対したのは 57人(Fidesz議員も含む)、棄権が 28人だった。 EPPのヴェーバー代表は採決の前日、投票行動は各党に委ねるとし、統一は図らなかった。しかし自身は、制裁手続きに賛成票を投じると表明。これまでも全体としては対話で解決を図ろうとしてきた EPP内で、大勢が変わったことが示された。
 報告書採択には議会の 3分の 2の支持が必要だったため、 EPPから賛成票が入れられたことが今回の結果の決定的要因となった。
 EPP内の風向きが変わったことを察したオルバーン氏は、議会での採決前夜に、 EPPは Fideszを除名、少なくともメンバー資格を一時停止とするだろうと見通しを述べていた。そして、 EPPと社会党、リベラル派系の政党らは、欧州議会選挙後に、移民を受け入れるため手を結び会派を作るに違いな候補を表明したばかり。欧州委員長は欧州い、と吐くようにして述べていた。
 ただし実際は、 EPPは制裁手続き着手が 1週間後、会合を持った際も、Fideszの除名や資格一時停止などは決定していない。当面は、手続きの行方を注視するというスタンスの模様。
 ヴェーバー代表は、次期欧州委員長に立候補を表明したばかり。欧州委員長は欧州議会選挙の後の新議会で選出されるため、最大会派をもつことがカギになる。対ハンガリーの制裁手続き着手自体には容認の姿勢を見せつつも、Fidesz完全切り捨てのカードを切り白黒はっきりさせることは現時点ではしなかった。様々な思惑がからまりあっているのである。


筆者の関連記事は以下を参照
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