現地校に通う子供を持つ親として、我が子にとって第一もしくは第二国語であろう日本語を週に一度の限られた時間ではあるが携われる環境を与えてられる場所がここに存在する事に感謝している。自身の環境だけでは、とてもじゃないけどこの環境を作ってあげる事は出来なかっただろう。校舎も現地校の教室を借り、運営の中心になるのは保護者で担当をそれぞれ振り分けて動いている。日本から講師が派遣されてくるわけではないが、保護者のサポートは半端なく協力的で、問題が発生すれば、それを互いに言い合える。 週1回の授業で教科書1年分を終わせる為、かなりの量を毎回完結させないといけない。各単元のピックアップや講師陣の授業プランがカギとなる。各講師陣が試行錯誤しながら考案している授業はとても興味深い。最近では「音読」を強化しているが、講師は「音読」一つとっても様々な形で習得してもらえるようにとアイディアを練ってくる。 先日授業参観をさせて頂いたが、とても新鮮だった。講師が用意した数枚のカードには、シチュエーションが一動作ずつ書いてあり、カードを1枚もしくは2枚引き、書いてある動作を付けて読むというものだった。例えば、大きな言葉で、早口言葉で、後ろを向いてなど、遊びの要素を入れたものだ。生徒たちの集中力はすごかったし、内容の理解度が高かった。何よりも読むことを楽しんでいた。家での宿題では椅子に座り、はっきり読むことに気を付けているが、型にはまらない授業形態も大切だと思った。毎回このような風景を見られるわけではないが、笑顔で習得することの必要性を感じさせられた瞬間だった。 当初は、我が子に日本語を勉強して欲しいとより、日本語もしくは日本の文化を実体験して感じてもらいたいと思っていた。授業は週末の午前中なので仕事と重なることもあるから、送り迎えが難しいと思ったが、他の問題に比べたら小さな問題でしかなかった。 初めは日本語や日本文化への興味を高めるということより、日本語を使った遊び、友達や大好きな先生に会えることの方が主で、私もただ見ていただけだった。夏に日本へ帰省して、日本の家族や親せき、行った先の同年代の子供たちとの会話や、当地の「空手」で通訳をするなど本人の環境の変化に、「最近日本語やんなきゃって思うんだよね」、「このアニメや映画を知る為には日本語がわかんないと無理だね・・・」というようになってきた。「興味があるなら、どんどんやったらいいじゃない。私も協力する」。 本人が自分の意思を表現する年齢になってきたのだろうが、親としてとても嬉しく、惜しみなく協力して行こうと決心することができた。補習校に通っていたものの学習自体がだいぶ遅れているので、その空白を埋めるように、日本語の環境を家でも外でも作るようにしている。 普段は母と子でしか日本語会話が出来ないが、DVDや本(漫画やアニメ中心だが)を通して単語も表現も豊かになってきた。我が家にとってインターネットは欠かせず、動画や資料を一緒に探し、難しい言葉や知らないものがあればわかりやすく説明していく。今まではハンガリー語で説明したほうが簡単だろうと思っていたものも、本人が分かるような日本語で説明し始めた。これはちょっと根気のいるもので、時には自分の説明に自信がないことも良くある。時には数時間をかけて夜遅くまで学習をつきっきりでしたこともある。教科書も進級する度に難しくなって行く。漢字や言葉の表現の意味を説明しながら読み仮名を振っていく作業。漢字の繰り返し学習など、ハンガリーの学校では学習ない方法が、なぜ大切なのかと説明しながらの作業。こうして、サポートしなくてはならないものが次々と出てきていた。共に学習していくと、次第に我が子に適している学習法が見えてきて、何が得意で何をクリアしなければならないかを、本人にアドヴァイス出来るようになっていた。 この1年間を見ると、我が家ではこれまでになく日本語が飛び交っている。日本語の力は2学年ほど下のレベルだが、日本語・日本文化に興味が湧き始め、もっと出来るようになりたいと思っていることが嬉しい。この1年間はほぼ毎時間、各担任と補習校での様子や家でのサポート報告や相談を行った。本人がやりたいと思っているものがあれば、惜みなく体験させたいという親心と責任がそうさせている。 果てしなく続く漢字学習も今では本人が自ら学習し、結果を出すようになってきた。まだまだ宿題に付き合わないといけないが、自分の学習スタイルが少しずつ分かってきたようだ。これを持続させて来シーズンからは自ら学習できる体制が整えばいいなと思っている。 今年度は夏に日本人学校に体験入学をさせて頂いた。我が子にとって初めて日本人の日常生活を体験する機会となった。かなり不安を抱いていたが、数日で環境にも慣れ、日本人学校に早く行きたいと言うほどまでになった。もちろん、日本人学校の子供たちや先生方のサポートあってのことだ。体験入学が終わる頃には、取っつきにくかった日本という環境が大好きになっていく自分が嬉しかったようで、嬉し泣きを何回もした。嬉しくて泣くと言った感情にさせてくれた日本人学校に感謝している。 補習校の日本語環境の中にも毎回発見があり、それを楽しい嬉しいと思わせてくれる学校があることに感謝したい。
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