香川真司が残したインパクト
 日本にいては分からないだろうが、ドイツのサッカー界に通じている者には香川真司が残したインパクトは大きい。ハンガリーでもサッカー好きなら、香川の名前を知らない者はいない。それほどこの2年のブンデスリーガにおける香川の活躍は素晴らしかった。現在の世界のサッカー界で、興業的に一番成功しているのはドイツだ。なによりも各クラブの競技場が大きい。ドルトムントのそれは8万人収容である。この大きな競技場がいつも満席になる。この大観衆の中で2年連続ドルトムントの中心選手として2連覇に貢献した。リーグ制覇の要になるゲームで必ずと言ってよいほどゴールに絡んできた。香川なしにドルトムントの連覇はなかった。
 ドイツリーグはイギリスのプレミアリーグやイタリアのセリエAに比べて一段下に見られているが、経営的に一番安定している。競技場の規模もプレミアリーグのそれをはるかに凌駕する。この大観衆がドイツサッカーを支えて行けば、近い将来、プレミアリーグに肩を並べる時代が到来するだろう。何よりも経営基盤の強いドイツ企業によって支えられているのが強みである。プレミアリーグなどはロシアや中東の資本なしでは維持できなくなっている。

香川のどこが凄い
 セリエAで活躍した中田はパルマを出てからの成績は今一だったし、ブンデスリーガで長くプレーした高原もフランクフルトに移籍して2007年に11得点を挙げたが、活躍したのはその1年だけ。チームの中心選手として、2連覇を達成した香川はこの二人とは比較にならない注目を浴び、その活躍がマンチェスター・ユナイティッドへの移籍を実現させた。
 香川が注目されるのは欧州の選手とはひと味違うサッカーセンスをもっているから。体が小さいから欧州の選手とまともにぶつかり合ったのでは勝ち目がない。相手が体を寄せてくる前にパスを出し、無用な体力勝負を避け、逆に相手を翻弄することができる。ほとんどワンタッチでパスを出す。相手が間合いを詰めようとする瞬間に球が離れてしまうので、相手は一瞬の虚を突かれ、相手のディフェンスが崩れる。しかも、パスを出した後の動きが素早い。いつの間にかペナルティエリア近くに出没し、こぼれ球や折り返しのパスを受ける態勢にいる。子ネズミのように瞬間的に動くので、相手ディフェンスが捕らえきれない。やはり体が小さいバルセロナのメッスィやイ二エスタに似ている。
 欧州の攻撃型の選手は大きな体を使って、縦への突進を信条として、可能な限り自分でボールを持ち込もうとする。パスサッカーを信条とするバルセロナを除いて、ほとんどのチームは突進型の攻撃選手で状況を打開しようとする。しかし、突進力があっても一人でゴールを得るのは難しい。一本調子に縦に攻撃するのではなく、キーマンになる選手を経由させ、横と縦を連動する攻撃態勢をとれば、よりチャンスが広がる。ところが、欧州のチームにはこういう連動を生み出せる選手が少ない。そこに香川の希少価値がある。
 マンチェスター・ユナイティッドのファーガソン監督が香川の獲得を熱望したのは、こういう役割を考えてのことだ。しかし、昨年までのマンチェスター・ユナイティッドは2トップで攻める型をとっている。今、香川を活かすためにフォーメーションを変え、1トップの下にMF3人を並べ、その真ん中に香川を置くという戦法を試している。トップの選手や両サイドの選手が香川を経由させるという意識がなければこのフォーメーションは機能しないが、プレミアリーグで実績のない香川をすぐに信頼しろというのは難しい。フォーメーションが変わっても、攻撃型の選手が一人で状況を打開しようとすると、香川の存在価値がなくなる。このような難しい状況の中でも、ゴールに絡む実績を作り存在感を示す以外に方法がない。それが勝負の世界である。

香川に続く日本選手
 香川なき後の今年のブンデスリーガで、数多くの日本選手が活躍している。まだシーズンが始まったばかりだが、4連勝と首位を走っているフランクフルトに乾貴士がいる。2部のボーフムでの活躍が認められ、今シーズンから1部に昇格したフランクフルトに移籍した。その乾が左の攻撃的MFとして定着しているだけでなく、左右のコーナーキック、ゴールに近いフリーキックをすべて任されている。それだけ、乾のキックへの信頼が高い。乾も香川と同様に小柄だが、非常にすばしっこく、ゴールへの嗅覚に優れている。
 今シーズン第4節で、清武がトップ下を張る好調ニュルンベルグとの対決があった。今シーズンから加入した清武弘嗣もニュルンベルグで左右のコーナーキック、フリーキックをすべて任されている。第3節では週間MVPにも選ばれ、監督の信頼が厚い。
 この両者の直接対決で乾の素晴らしいゴールが生まれた。左サイドでボールを受けた乾はパスを出すと見せかけて、横に素早く移動して2名のディフェンスを置き去りにし、ペナルティエリア近くまで移動して、さらに横に移動してさらに2名のディフェンスを釘付けにしたままゴール右にボールを蹴り込んだ。Eurosports2のハンガリー人コメンテーターは「、こりゃ、なんというゴールだ。まるでメッスィだ。どうして次から次にこんなにうまい日本のサッカー選手がでてくるのだ」と叫んでいた。このゴールで乾は週間ベストイヴンに選出されただけでなく、ブンデスリーガ週間MVPとベストゴール賞を獲得した。第5節のドルトムントとの決戦でも、乾は0-2のビハインドからアシストと同点ゴールを決めた。ドルトムントのクロップ監督には乾が香川とダブって見えたに違いない。
 シュトットガルトに岡崎慎司と酒井高典、シャルケに内田篤人、ハノーファーに酒井宏樹、レヴァークーゼンに細貝萌、そしてホッフェンハイムにはバイエルンミュンヘンで1年過ごした宇佐美貴史(第5節のベストイレヴン)が頑張っている。ドイツのサッカーチームは第二第三の香川を掘り出そうと、日本市場の開拓に懸命になっている。逆に見れば、Jリーグのレベルはけっして低くないということ。だから、Jリーグの経営者選手を高く売れる能力を身につけることが肝心だ。

(もりた・つねお)