リスト音楽院に来ることができたのは偶然見つけたCDがきっかけでした。ハンガリーに来るつもりなど全くなかった頃、大学の図書館でSさんという方のCDを見つけ、オールリストプログラムで何やら興味を惹かれるタイトルだったので、借りて聴いてみたんです。 ブレンデルのCDと一緒に。その時初めてリストの「死の舞踏」を聴いたのですが、まぁ凄い演奏でした。感動して、凄いピアニストがいるなぁと思ったわけです。大学にある2万枚ある内の1枚でした。それから1年ほどしてリスト音楽院に突然行きたくなり、いろいろと情報を集め始めました。周りになんのコネもなく、仕方なく苦手なパソコンとまずは向き合い、インターネットであれこれ検索してみました。するとSさんの名前が出てきました。Sさんって誰だっけと思い記憶を辿ると、あぁ、CDの人だ。と思い出し、そこでSさんの先生の名前を知りました。ドラフィ・カールマン。何て素敵な名前なんだと思いました(笑)。それでドラフィ先生について検索してみると、何でも一年以上前に日本でSさん、そしてもうひとりNさんと言うお弟子さんと一緒にコンサートをされたそうで。ここでNさんの名前を知りました。 しかし、私はSさんもNさんも知り合いではなく、ましてやドラフィ先生にコンタクトをとれるわけもなく、それから半年は何の収穫もないまま時間が過ぎていきました。先生も決まってないのに願書は何故かもう出し、しかもマスター(笑)どうするんだと思いながら12月になり、するとまた偶然が起こりました。いつもはしないのに、その日は何故か図書館でコンサートの案内の冊子を見ていたらSさんの名前を見つけたんです。あっ、と思って細かく見ていくとNさんも出演されるとの事。コンサートは次の日だったんですが、もうこれは行くしかないと思いました。行って先生を紹介してもらおうと。それで次の日、マダムみたいな格好して(笑)コンサートの前に学校に行き、レッスンの先生にその事を話すと、初対面で、しかもコンサートの日にそういう事を言われたら嫌がられるかもしれないから、手紙を置いてきたら?と言われ、家に帰って急いで手紙を2通書きました。「私はリスト音楽院に行きたいんです。だけどコネがありません。先生を紹介してください」。という内容の手紙。 そして会場へ行き、当日券を買い、受付の方に手紙を渡してもらうようお願いしました。コンサート終わってからSさんNさんがロビーに出て来られたので挨拶くらいしようか迷ってしばらく1人でウロウロしていましたが、いいやって思って帰りました(笑)。それから1週間経っても何の連絡もなく、やっぱりダメかなと思い、また先生探しをするのか、と憂鬱になっていると1通のメールが。件名にドラフィ教授について、と書いてあり、一瞬ドラフィって誰だと思いましたが、すぐに理解して驚いてメールをよく見てみました。メールをくださったのはコンサートの主催者A先生。コンサートの日にも挨拶でステージに上がっていらっしゃいました。SさんNさんから手紙を見せてもらったそうです。何でも、A先生とドラフィ先生はお友達で、今月丁度ドラフィ先生が日本に来てレッスンをするからよかったら来ませんか?というメールが。手紙を出して良かった、と思いました(笑)。 一目見て、何て素敵な名前だろうと思っていたドラフィ・カールマン先生に今私は教わっています。人との出会いは凄いなと思いました。SさんNさん、そしてA先生には本当に感謝して、もう一生頭が上がりません(笑)。とくにA先生は世界一親切な人だと心の底から思っています(笑)。人生本当に面白いです(笑)
|