まず、一年で一番楽しみにしていること、ヨーロッパに住むようになってからは、それは「春の訪れ」になった。冬の終わりを告げるスノードロップ(hóvirág)が見られるようになると、「森のラムソン」と「庭のつくし」が待ち遠しくて仕方なくなる。
 ラムソン(Medvehagyma)はにんにくより香りが弱い、ほうれん草とニラの間のような植物で、森で採集できる。市場で目にし始めたら、次の週末あたりに森へ出かける予定を立てる。マーケットに最初に出まわるのは、おばさんたちが売っているものでも、畑で栽培されているのもあるから、少し待つのだ。だいたい3月末から4月中旬が、やわらかくて一番おいしい時期。毎年同じ所に生えてくるので、一箇所場所を覚えてしまえば、新鮮で、本物の森の産物が手に入る。ただ、有毒なスズランと間違えやすいので、お気をつけを。見分ける方法は、匂いのみだが、習得してしまえばキノコほど識別は難しくない。中華風卵とじスープや餃子にはあつらえ向きだし、塩と(オリーブ)オイルでペーストを作れば長期保存が可能で、それをトーストにつければ立派なオードブルにもなる。色がとても鮮やかなので、初春の食卓を彩ってくれる。ツクシはスギナ(mezei zsurló)の胞子茎なので、主人と父(両者、植物が専門)にラテン語で確認してもらったところ、一致したので食している。なんと、我家のもみの木の間に生育しているのだ。たくさんあれば、ハンガリー在住の皆さんにお裾分けしたいところだが、小川に近いところでしか採れないので、残念。
 それから、ゴボウも庭で採れる。ハンガリーのbogáncs(正式名は、bojtorján)というくっつき虫(服につく種子)の根がそれ。日本のより細くて短く、アクも強いので、調理時間は少し多めにかかるが、香りと歯ごたえはたまらない。近くの森で栽培されている生シイタケが手に入るようになれば、タケノコがなくたって、これで春の味は揃ったも同然、我家の旬である。

 暗くて長い冬のヨーロッパでは、兎にも角にも待ちわびる「春」だが、嫌だ、嫌だとばかりもいってられないので、冬の楽しみも作るようにした。それは、1月末になるとやってくる。我家には、専門鑑定人協会、狩猟協会、そして、こどもの通う小学校から届く。冬の締めの行事、「舞踏会(Bál)」の案内である。日本語で書くと仰々しいが、ダンス場も設置されるパーティーのことで、おいしい料理を食べて、おしゃべりを楽しみ、夜明けまで踊る。このタイプのパーティーは、卒業式や結婚披露宴、大晦日にも催される。私は、踊れなくても、踊るのは好きなので、招待状を並べて、場所と料理と費用を比較し、どれに参加するか決めている。

 一方、主人の楽しみは、狩猟、チェス、サッカー、そして、タロック。いかにもヨーロッパならではの娯楽。この中でも、馴染みの薄いタロック(tarokk)は、日本では、タロット占いで知られているが、ハンガリーでは、歴史あるカードゲームのこと。
 15世紀前半にイタリアで発明され、ハンガリーには、二重帝国時代に広まった。カードゲームといっても、当時から、ギャンブルではなく、紳士の遊びとされていて、現在でも、点数か1~10Ftでプレイされている。昔、農村では、重要な地位にある人(役人、地主)や学識層(牧師、医師、林業技術士)が集まり、娯楽と社交、集会を兼ねたものだったという。確かに、主人のグループのメンバーも、医者、薬剤師、林業技術士が顔を連ねている。なぜ今でもこの専門家たちが揃うのかというと、遊び方は、大学の先輩から伝授されるからだそうだ。
 ルールはトリックテイキングで、パートナーを組んでプレイする。花札のような役があり、その役を予め宣言することもできる。かなり複雑なゲームだが、雰囲気は、マージャンに似ている。主人たちは、5~6人で、週に一度、夕方から夜中まで遊んでいる。各家庭を循環するので、我家にも、1ヶ月半に一度は順番が周ってくる。夕方6時くらいから始め、夕食時以外は殆どおしゃべりもしないで、夜中12時まで真剣にカードをしている。これが20年以上続いているので、余程好きなんだろう、と半ば感心する。地方や外国に住んでいて、帰省時には必ず参加するメンバーもいる。

 ハンガリーでは、楽しみを大人だからとか、小さなこどもがいるから、といって我慢しなくてもいいように見える。間もなく始まるバカンス(Vakáció)も、こどもだけでなく、大人も随分楽しみにしているようだし、普段でも、こどもは預けて出かける、というのが至極当然で、健全に生活するための息抜きが、社会的に大いに認められているような気がする。勤勉で働きモノの国から来たものとしては、違和感を覚えることも少なくないが、半分参考にしたいと思っている。
 主人を見ていても、好きなモミの木を日々育て、日常の刺激になる鑑定の仕事をたまに受け、家のことやこどもの世話を程々にしながら、趣味にはたっぷりと時間をかけている。タイムマネジメントが上手いのか、単にタフなのか、優先順位が違うのか?その横で、ただ指をくわえて見ているのも癪なので、私も見習って、長年諦めていた乗馬だけは、たまの楽しみにすることにした。日本から離れてできなくなってしまったことを悲しむのではなく、ここだからできることに焦点を当てて、ハンガリー生活を楽しみたいと思う。

(もりた・ともこ ヴェスプリーム在住)