今年の3月、無事東京音楽大学のピアノ演奏家コース・エクセレンスを卒業し、2度目の大学生活が終了しました。「卒業」と言いましても、卒業式は本番と重なって出席出来ず、夜の謝恩会だけにはなんとか間に合い皆とお別れが出来ました。そんなこともあり、正直まだあまり実感はありません。4月からは同大学院の鍵盤楽器研究領域に進みます。
 昔の事をお話しますと2006年にブダペストのリスト音楽院を終了し、その後自分のもう一つのふるさとである日本で音楽の勉強を続ける事を決めました。一般的にはクラシックの本場であるヨーロッパの大都市や音楽マーケティングの市場であるロンドン、ニューヨークに留学するのが自然ですが、私は親戚からのオファーもあり、あえて東京を選びました。東京も世界の大都市。日本人でもある自分として、あまり一般的ではない方法で日本スタートの国際的音楽活動が出来たら面白いと思いました。当時16歳の自分はいきなり日本に「帰国」するにもやはり学校に入る年齢。しかし、ハンガリー生活が長かったため日本語は他の学生より不自由。そのある意味ハンディーを持ちながらただ一カ所、すぐに入学を許可してくれたのが東京音楽大学の付属高校です。16歳ですので、2年に編入し、高校卒業後は同大学に進む事を希望しました。
 大学ではハンガリーとはかなり違った学生生活が待っていました。リスト音楽院では大学と高校を同時進行に通いながら各学校で一般科目と音楽科目を勉強していました。これはとても大変な事で、毎日のように読まなければならない本、書かなければならないレポートそして準備をしなければならないプレゼンテーションが山のようでした。そんな中でのピアノの練習、レッスン、室内楽、音楽理論、作曲、指揮。食事や睡眠もまともにとれない毎日でした。それに比べて東京音大はそこまでハードなスケジュールではありませんでした。こちらも一般と音楽の科目がありましたが、授業内容は全然違って自由な時間もとれるカリキュラムになっていました。私は個人的に音楽を勉強するには自由な時間もとても大切であり、作品をイメージするには自由に考える事が大切だと思います。音楽は芸術ですので、自分の世界観を広げるのには勉強以外にも様々な事を経験する必要があると考えています。
 大学での一日は朝のピアノの練習からはじまっていました。音大ですのでピアノ入りの小さな防音室が沢山あり、前もって予約をするとどの学生でも使えます。午前中から夕方までは授業とレッスン。間の休憩時間では新聞を読んだり、お菓子を食べたり、友人たちと楽しく過ごしたりしていました。お昼は仲間と一緒に学食や近くの定食屋さんで食べる事が多く、リスト音楽院時代と違って友達と一緒の時間が長くなりました。友人達との会話の中では皆それぞれの悩み、考え方や思い、将来のプランなどを話し合い、お互いに取って貴重な時間です。
 授業はなるべく日本でしかとれないものを選択しました。文学、日本史、憲法など。どの科目も最初は難しかったのですが、そのうち漢字もだいぶ読めるようになり、内容も理解出来るようになりました。ピアノのレッスンでは3名の先生方に定期的にピアノを聴いていただき、色々なアドバイスを受けながら曲を仕上げていく作業をしていました。
 そんな大学生活の最後、今回の東京音大シンフォニーヨーロッパ演奏旅行に参加する事になりました。私達新卒生にとってはまるで卒業旅行のようで、皆とても楽しみにしていました。
 私はブダペストとグラーツの2公演で学生仲間の皆とリストのピアノ協奏曲第1 番を弾きました。そして指揮者は小林研一郎先生。小林先生は個人的にも長年お世話になっていて、小さい時から色々と音楽的アドバイスを受けているだけあって、この共演は本当に夢のようです。プロフェッショナルオーケストラでは味わえないような凄い空間の中、無事2公演が終わりました。ブダペストでの演奏会も久しぶりで、MUPAで弾けた事は本当に光栄です。また是非、今度は学校の行事ではなく、プロのピアニストとして戻ってきたいと思っています。
 プロといえば、私は3年前に日本の大手音楽事務所に所属になり、昨年リスト生誕200周年に合わせて正式に日本の音楽界にデビューする事ができました。おかげさまで今は年間50公演ほどのご依頼をいただいています。日本各地はもちろん、海外でも公演する機会が増えています。今まで行った事のない国で、色々な人々の前で演奏出来るのは本当に幸せな事です。それに、地元の名物で美味しいものも沢山食べる事ができますし!
 日本でのクラシック音楽の世界はまだまだこれから広がって行くように感じられます。昨年の大震災の後も音楽の力はいかに大切か、改めて実感した方も多いかと思います。しかしチャリティーコンサートやテレビを入れての特別イベントが本当の復興ではないと考えています。これから音楽の本当の力をかりながらどのような事が出来るか、なにをするべきか、ゆっくり考えていきたいと思います。一つたしかなのは、音楽は世界共通で、人類にとってはなくてはならない芸術であること。そして音楽は人になにかを感じさせ、思わせてくれる力がある事です。

(かねこ・みゅうじ ピアニスト)