私がハンガリーを始めて訪れたのは、2001年夏の事でした。後の師匠となるDittrih Tibor先生の噂を聞き、レッスンを受けにブダペスト近郊で行われたクラリネットフェスティヴァルに、ただ一人で参加するためです。7日間という短い期間でしたが、私をハンガリー留学へと決断させるには長いくらいでした。それくらいハンガリーの音楽に私はすぐ虜になりました。
 2002年夏に留学スタートしてから約5年半の間、ハンガリーの生活を送ることになりました。幸運なことに私は人脈に恵まれ、いつも誰かに助けて頂きました。先に留学していた先輩方からは室内楽に誘ってもらい、その輪はいつの間にかハンガリー人の生徒に広がり、先生にまで広がり、沢山の人と出会い経験をしていました。そんな中で思ったことは、やはり自分で前に進まなくてはいけないという事。留学するという事は、音楽の勉強はもちろんだけれど、メンタル的な事でも私を大きく変え、自分を見つめる良い機会になりました。自分のやりたい事を実現させるためには?と言う考えから、留学中には『ハンガリー政府奨学生』や、『平成18年度文化庁新進芸術家海外派遣研修員』にも応募しましたし、それらを頂いたことで”責任”というものが出てきました。
 ある時、「留学っていうけれど、90%以上の人が”遊学”なんだよね。」と言う言葉を聞き、果たして自分はどっちなのだろう…ハンガリーで自分がすべき事は何だろう…この先、音楽を通じて私が出来ることは何だろう…と立ち止まって考えたのです。
 私の日本の先生方が、フランス留学から帰国され、その後いくつものフランス作品を初演され、それが今日では誰もが演奏するレパートリーになっています。ならば、私もハンガリーの作品を日本に紹介し次の世代へ渡さなくてはならないのではないだろうか。
 それまでに私は、F.Hidas氏のクラリネットソナタを世界初演させて頂き、その他の作曲家の初演に係わる事が幾度となくあったため、その事からも”ハンガリー人作曲家によるクラリネット作品“の研究をしようと決め、名曲ながら演奏される事の少ない作品なども集めました。すると、おのずと作曲家の意図を理解するためにはハンガリーの文化を知る必要があり、ハンガリー語もまたそれまで以上に必修となったのです。
 そんな時に、ブダペストを訪れたNHK交響楽団コンサートマスターの篠崎史紀さんと、ブラームスのクラリネット五重奏をご一緒する機会がありました。この曲の2楽章にはブラームスがジプシー音楽をヒントに書いたフレーズがあります。そこを私なりにハンガリー訛りのアプローチで演奏したところ、それを面白がってかどうかご本人に確認しておりませんが、その後も何度もご一緒させて頂く事にもなりました。日本に帰国して1年経った今年、その他のN響メンバーの方々とも一緒に「2009年都民フェスティバル・室内楽シリーズ」や、つい先日6月6日にも、ハーモニーホールふくい主催「6月の宝石ドナウの真珠~豊永美恵とN響トップメンバーが贈るハンガリーの調べ」と題した演奏会で共演してくださいました。福井での演奏会では、日本初演となる「R.Kokaiのクラリネット四重奏」も取り上げ、少しずつですが作品紹介が出来ようとしています。
 このような、初演作品への取り組みも評価の一つとされて、この度「2009年度岩城宏之音楽賞」を受賞致しました。賞を頂いた事で、これまでハンガリーで学んできた事、私がやりたいと信じてやってきた事が間違いでは無かったと確信し、自信を持って次の一歩を踏み出せるような気がします。また、この賞を通じてハンガリーという国に興味を持って下さる人がいることを願っています。12月に東京文化会館で行われるリサイタル、日本演奏家連盟主催「演連コンサート」でもハンガリー人作曲家の作品を中心に演奏します。
”音楽というかけがえの無い財産を今の時代で途切れさせないよう、少しでも多くの人に知ってもらう”
 これが、私に沢山の事を与えてくれたハンガリーへの恩返しとなるよう、これからも私の声となるクラリネットと向き合っていきたいです。