息子がブダペストにあるみどりの丘補習校に新1年生として入学したのは、2017年の春のことです。それまで日本語の幼児サークルなどにも参加しておらず、ハンガリーで日本語を用いて活動する場は初めてでしたので、あまり状況を理解できていないまま、少々緊張した面持ちでほかの新入生達と壇上に上がって座っていたのを覚えております。そんな入学式から、早いものでもう1年がたとうとしています。
 私が息子を補習校に通わせたいと思った理由は大きく二つあります。
 息子はハンガリーへ越してくる4歳までほぼドイツで育ち、私とは日本語だけで話をしていたのですが、ハンガリーへ引っ越してこちらの幼稚園に通うようになり、ハンガリー語力がついてくるにしたがって、私と日本語で話すことも徐々に少くなっていきました。そして、年齢が上がるにつれて、自分が伝えたい内容に日本語の語彙力が伴わなくなっていったようで、現地校へ入学するときにはすでに、私が日本語で話しかけても返答はハンガリー語という状態でした。ですので、補習校への入学を決めた理由の一つには、やはり、このまま日本語を忘れてほしくない、もう少し日本語力をつけてあげたいという思いがありました。
 それともう一つ、前々から私が強く思っていたことがあります。私たちの家族はブダペストから約8km離れた、人口約3万人の地方都市に住んでいるのですが、ここでほかの日本人に会うことはまずありません。この町で日本人でありハンガリー人でもあるのは私の息子と娘だけです。二重国籍の子供が自分のアイデンティティやルーツといった問題に悩むことが多いというのはよく言われることで、将来、もし息子がそのような問題にぶつかったとき、それについて語り合える同じ状況にある子供たちと交流する場を持たせてあげたい、というのは以前から思っていたことでした。
 しかし、正直なところ、平日より早く起床し、毎週土曜日に約1時間半かけてブダペストへ行くのは遊び盛りの息子にとって肉体的、精神的にもかなりの負担になるのではないかと不安があったのも事実です。
 そんな気持ちで迎えた最初の1年でした。新1年生のクラスは8名からスタートし、途中で編入生を加えながら現在は10名のクラスになりました。週1回の授業で日本の小学校と同じ内容を習得しなければならないこともあり、授業のスピードも速く、そのスピードについていくため、家庭での宿題も重要視されます。子供たちにとっても先生方にとっても大変な状況ではあると思いますが、1学期を終えたとき、ひらがなをほぼ全く読めなかった息子が、ひらがなの文章を読めるようになり、補習校での学習の成果を実感したのを覚えております。
 カタカナは夏休みの間に学習し、2学期からは漢字も徐々に入ってきたので、完璧に消化できているかというと、正直申し上げて私たちの場合、それは残念ながらできておりません。しかし、確実に日本語力はアップしており、さらに日本語、特に文字への興味が出てきたことがこの1年での大きな収穫だと思います。時々現地校にも嬉々として日本語の教科書を持って行き、お友達にひらがな、カタカナを教えたり、機会があれば日本の祖父母へ手紙を書いたりしており、以前はまったく興味を持たせることができなかった日本語で書くことへの興味が出てきたことに個人的には嬉しく思っております。
 2学期も終わりに近づいた12月に開催された学習発表会は、全学年の生徒がその1年学習した成果を発表する場なのですが、1年生らしいかわいらしい発表をみんなで堂々とできていて、素晴らしかったと思います。上級生の皆さんも、それぞれの学年にふさわしい、趣向を凝らした素晴らしい発表をなさっていて大変感心いたしました。「継続は力なり」とはまさにこのことだなと思ったのを記憶しています。
 1年間補習校に通ってみて、確実に「日本語でできること」が増えたと実感しております。それとともに、補習校での学習には家庭での宿題のサポートが不可欠であり、学習項目の消化不良を起こさないためにも、毎日日本語を少しずつ勉強する癖をつけなければならないということも実感しております。現地校、習い事などで平日は忙しいのですが、その中で少しでも日本語に触れる時間をうまく作れるようにすることが、これからの課題です。
 それから、私が重要視していた「子供たちとの交流」、という点ですが、補習校では、入学してから比較的早い時期(5月)に遠足が行われます。全校生徒と先生たちが1日行動とともにし、日本語でコミュニケーションをとりながら交流を図るよい機会となっています。縦割りのグループで行動するのですが、新1年生にとっても上級生と知り合える機会が入学してすぐあるのは、よいことだと感じております。
 学校でも、授業と授業の間の休み時間にはクラスのお友達と仲良く元気に遊ぶ息子の姿を見ることができ、嬉しく思っております。息子本人も、毎週クラスのお友達に会うのを楽しみに補習校に通っているようです。一度、毎週土曜日にブダペストに通うのは大きな負担になっているのではないかと思い、「次年度は休学して、家で自分のペースで勉強してみる?」と聞いてみたことがあります。息子の答えは、「学校でお友達と一緒に勉強したい」というものでした。学校に行きたいと思わせるような、楽しいクラスづくりを心がけてくださった先生に、大変感謝しております。ハンガリーでは日本人と言われ、日本に行けば外国人とみられることの多い息子ですが、自分と同じような環境にいる子供たちと交流できるだけでも、補習校に息子を入学させたかいがあったなと私は思っています。
 今後も補習校で学年を重ねつつ、細々とでもいいので長く日本語学習を続け、日本語と補習校での体験が息子の人生の糧になればと願っています。
 最後になりましたが、1年間熱心に指導してくださいました先生方、補習校がよりよい学校になるよう日々努めてくださっている運営委員会の皆様、この場を借りて感謝申し上げます。

(やまもと・いづみ)