私がなぜハンガリーに留学しようと思ったのか、それは、2013年に開催された「ぎふ・リスト音楽院マスタークラス」を受講したのがきっかけでした。
 私は小さい頃からずっと音楽をやっていたわけではないので、「経験と知識が足りない、でも大学卒業後もまだ音楽を学びたい」と思っていました。海外ならば学費も安く、奨学金さえ取れれば親に負担をかけずに済むだろうと思い、留学に関する情報を集めていた時のことです。偶然にも音楽関係のお仕事で知り合った方が、リスト音楽院に留学していたという話をしてくれました。早速その方に詳しい話を聞き、自分が留学がしたい旨を伝えたところ、そのマスタークラスの最終日には留学試験があることを教えてくださいました。
 ハンガリーの知識は何もありませんでしたが、話を聞く内に興味が湧き、少しでも可能性があるのならば、受講してみようと思ったのです。
 初めてのオンツァイ先生のレッスンは、感動の連続でした。1回レッスンを受けただけでも、自身の音色の変化を体感し、その場で聴講していた方からも、「音色がどんどん変わっていくのがわかりました」と言われたのです。レッスンの最中に、弾き手と聞き手に違いを気付かせることはそう出来ることではないと思います。そこから私は、この先生に師事したいと強く思うようになり、毎回レッスンで録音した内容を聴いては練習に励みました。
 1週間のマスタークラスでの成長を買ってくださって、試験は無事に合格。いざ留学となると、いろいろ不安が襲ってくるものなのかもしれませんが、私の場合、幼い頃から抱いていた海外への憧れと、新しいものへの好奇心、夢にまで見ていた音楽留学…期待で胸がいっぱいで、早くその日が来ないものかとすごく待ち遠しかったのを覚えています。
 しかし留学後の生活は、私の思い描いていたものとは違い、辛いことの方が多いような気がします。
 最初はすべてが目新しく、刺激的で、何もかもがキラキラしていたのですが、レッスンが始まってからというものの、切迫感と焦り、新しいコミュニティといったストレスから、体調をよく崩していた時期がありました。
 日本とは違って、1つのものを確実に仕上げていくというよりは、たくさんの曲をおおまかに見てもらい、いつでも使えるようにするといったレッスン態勢で、譜読みが遅かった自分にとっては、スピードが追いつかず、ハードな日々でした。毎日夜遅くまで残って練習しても、次の日のレッスンでは緊張してうまく弾けず、怒られるのは日常茶飯事で、レッスン後にはよく泣いていました。
 慣れないうちに週に4〜7個のレッスンをこなす事は、体力的にも精神的にも良くなかったと思います。
 しかし現在では、パートタイム生として2年目に突入し、必死だった時の経験は生きてくるもので、1年前に比べれば練習のコツも徐々に掴め、夜には友達とご飯を食べに出かけられるようになりました。

 辛いことが多いといっても、勿論得られるものは沢山あります。
 リスト音楽院の先生方のレッスンは本当に素晴らしく、ソロでは、効率的な体の使い方、主に運指、運弓、何から何まで丁寧に教えて下さいます。なんといっても音楽の作り方、表現することに関しては呼吸をするのに等しく、自然に提示できてしまうのには感嘆せざるを得ません。それと同時に、生徒一人ひとりへのコミニケーションを大事にしており、毎回レッスンに行く度に、「ハンガリー語の調子はどうだい?」と聞いてくださいます。それに対してハンガリー語で返事をした時の先生の嬉しそうな顔が私は大好きです。
 室内楽のレッスンも同様に、自分とは違う楽器の先生の、異なる視点からの意見がとても新鮮で、よく考えさせられます。先生のアドバイスを参考に、どう解釈するかは自分で答えを出さなくてはいけません。良い答えが出たときの先生の反応はとてもわかりやすく、少し大袈裟なくらい言葉にしてくれます。その反応が私のモチベーションを上げてくれるきっかけとなり、最近では練習をするのがとても楽しくなりました。
 こちらでの生活は、日本人のコミュニティが狭い分、悩むことも多々ありますが、困った時に助け合えるというのが強みだと思います。ハンガリー人も日本が好きだという人が多く、とても真摯に接してくださいます。
 学生なら演奏会がほぼ毎日タダで聴きに行けますし、小さい時に読んでいた絵本のくるみ割り人形がオペラで上演されているのを鑑賞した時には、本当に自分が絵本の中に入ってしまったかのような、不思議な感覚を味わいました。
 語学の壁にも出くわします。日本では経験できないことがことが沢山起こります。良いことも悪いことも自分を成長させる糧だと思えば、案外何でも乗り越えられるものだと改めて実感している日々です。
 1年経って、やっと周りを見る余裕が出てきたので、オンツァイ先生にもよく「だんだん」と言われるように、一歩ずつ心身ともに精進していけたらなと思います。
 住み慣れた土地を離れて、全く違う価値観の人たちと出会い、素晴らしい実力者に囲まれて、お互いに刺激しあえる、そんな環境にいられることを本当に幸せに思います。

(ふじもと・あかね)