冷戦時代の社会主義国は計画経済とは言えず、粗雑な物資配給性にすぎなかった。一党独裁下で個人の創意や企業家精神は無意味であり、権力への追従が生活の保証だったから、内在的な経済発展の弾みも欠けていた。冷戦後の変化は経済システムの移行ではなく、非連続的な転換と呼ぶべきだ。転換の過程では、所有権の移転よりも多国籍企業いよる直接投資のほうが重要な役割を果たした━ ━。
 長年にわたりハンガリーを中心に現地で経済活動を見続けてきた著者の主張は明快である。過去20年で中・東欧はどう変わったか、旧体制以来の病癖は何か、新たにどんな矛盾が生じているのかを、本書は多くの逸話を交えて説く。
 冷戦終結後には、企業を民営化すれば市場が機能するという思い込みが目立った。しかし、ロシアやチェコのようにクーポン方式で国営企業株式を国民に分配しても、すぐには活性化しなかった。国内に資本蓄積がなかったうえに、所有権を移すだけでは技術や経営の革新は進まないからだ。
 実際に革新の原動力になったのは直接投資である。だが、輸出の大半は多国籍企業が担い、輸入の多くも外資による部品の輸入だ。自国による付加価値のほとんどは賃労働の部分にすぎない。これでは国民経済ではなく、「借り物の経済」だと著者は言う。
 過渡期には国家や党の資産の略奪ともいえる動きが広がった。その後、ロシアでは略奪を糾弾するプーチン政権下で産業の再国有化が進み、「国家資本主義」の体制になっていった。一方、ハンガリーでは生産部門が資本主義化された反面、バラマキ政策で膨らんだ財政が配分を規定する「国庫資本主義」の様相を強めた。
 こうした変化の中で、とりあえず経済的利益を得たのは、旧体制以来の若いエリートや権力に近いインサイダーだ。非効率な役所仕事や労働者の欠勤率の高さなどは相変わらずだし、一党独裁からポピュリズム型選挙政治に変わった政治も多くの問題をはらむ。
 今回の金融危機で、旧共産圏諸国のさまざまな矛盾や弱点が露呈している。これからどんな改革が必要かも含め、示唆に富む本だ。
(論説副委員長 脇 祐三)
 
 
日本経済新聞「読書」掲載