異変が起きた
 2010年以降、 FIDESZはほとんどの選挙で 50%を超える得票率を記録し、圧倒的な選挙戦を展開してきた。 2018年総選挙では全国比例区で得票率 49.27%を獲得し、議席定数 199の三分の二を超える 133議席を確保した。野党が獲得した議席はわずか 63議席である。選挙区の獲得議席は FIDESZの 91議席にたいし、野党のそれはわずか 15議席にすぎない。しかも、そのうち 8議席はブダペスト 13選挙区中の獲得議席だから、首都以外の選挙区ではわずか 7議席しか獲得できなかった。まさに、ブダペスト以外のハンガリーは FIDESZ帝国になっている。 2019年欧州議会選挙でも、 FIDESZは実に 52.56%の得票率を得て、ハンガリーに割り当てられた 21議席中、 13議席を獲得した。
 このように、長年にわたる FIDESZの地方戦略が奏功して、 FIDESZ=オルバン首相の政治支配はかなり長期にわたって続くのではないかという悲観的な展望が、野党勢力を支配していた。ところが、 2019年 10月に行われた一斉地方選挙で異変が起きた。野党が候補を統一したブダペスト市長・区長ならびに県都の首長選で、野党統一候補が FIDESZ候補を次々に破ったのである。
ブダペスト区長選の当選結果:ブルーが野党統一候補、オレンジ FIDESZ、黄色が無所属
 
ブダペストで完敗した FIDESZ
 2010年からブダペスト市長を務めるタルロシュ・イシュトヴァーンはとくに政策的誤りがなく、交代を求める世論の盛上りもなく、政府系の世論調査機関は 10ポイント以上の差
で再選されると報道していた。しかし、投票結果は野党統一候補で社会党のカラチョニ・ゲルゲイがタルロシュに 5.76%の差をつける得票率 50.86%で当選し、ブダペスト市議会でも野党は過半数を制した。さらに、ブダペスト 23区の区長選において、野党統一候補は 14区で勝利し FIDESZ与党は 7区しか獲得できなかった( 2名の無所属)。とくにブダペストの中心部で FIDESZは惨敗を喫し、ブダペスト市周辺部の区長を維持するに終わった。かくして、2019年一斉地方選挙で FIDESZは首都ブダペストで完敗した。過去 10年、FIDESZがこれほどの敗北を喫したことはなかった。
ブダペスト区長選の当選結果:ブルーが野党統一候補、オレンジ FIDESZ、黄色が無所属
 さらに、ブダペストを除く全国 23の県都の首長(知事)選でも、野党統一候補は 10都市を抑え、 FIDESZは無所属候補を加えて 13都市を制した。ここでも、野党統一候補は FIDESZ候補に肉薄した。 FIDESZは 23県のうち 11県で 2014年の得票を減らし、 12県で得票を増やした。
 依然として、 FIDESZの全国得票率は 50%を上回ったが、それは主として地方都市や町村の小さな自治体に留まり、大きな都市では軒並み敗北を喫した。オルバン首相は FIDESZが得票総数の過半を超えたことで政権が信任されたと強調したが、都市での手痛い敗北はここ 10年経験しなかった敗北感を FIDESZ陣営に蔓延させている。
 
FIDESZ苦戦の理由
 2019年地方選で野党統一候補が前進した要因がいくつか考えられる。
 第 1に、野党勢力の総結集である。ほとんど独裁的な地位を保持している FIDESZにたいして、少数野党が個別に戦っていたのでは、永久に政権交代は実現できない。この総結集が奏功した。
 第 2に、オルバン首相の強引な政治手法への批判である。難民・移民政策では政府を支持する人は多いが、 CEU(中欧大学)への攻撃や科学アカデミー再編で示した問答無用の姿勢は、FIDESZ系の知識人ですら辟易するものだった。学者・知識人を見くびった態度と、批判精神が弱い地方住民を取り込む日常的な懐柔戦術は、知識人のみならず、都市の住民の反感を買った。
 第 3に、FIDESZ政権が展開するメディア統合支配は地方住民の政権支持を堅固にしているが、都市の住民は政府公報に堕した公共メディアやフリーペーパーによる日常的な選挙キャンペーンに不公正さを感じている。本章でも取り上げたブダペストを中心に配布されている Lok.l誌は、選挙期間中、与党候補の写真を一面に掲げて応援していた。国営企業や政府の広告費で出版されている週刊紙が、一方的に与党候補を支援するのは許されない。地方で功を奏する手法でも、ブダペストなどの都市では反感を買うだけである。ブダペスト市長に当選したカラチョニ市長は、すぐにこの Lok.l誌とブダペスト交通公社が結んだ契約を破棄することを約束している。
 第 4に、政府系調査機関( https://szazadveg.hu/, https://nezopontintezet.hu/)の政権にたいする「異常な忖度」も問題になっている。故意に与党候補の圧倒的優勢を伝えていた疑惑が浮上している。しかも、投票直前には、与党にたいして、僅差の状況になっていることを内部報告したことも明らかになっている。権力に媚びる調査機関など、あってはならない。
 第 5に、FIDESZ政権が長期化するにつれて明らかになった腐敗現象である。たんにメーサーロシュ・ファミリーに巨額の補助金事業を与え続けているだけではない。与党政治家が定住権付き国債販売で、巨額の国家資金を流出させたことにたいして、政府首脳は一切弁明していない。それどころか、補助金事業を獲得した企業から、オルバン首相を初めとする政治家が各種の接待を受けている。そのことに何の恥じらいも後ろめたさも感じない倫理感に、都市の知識人は呆れている。国民を侮る態度が、しっぺ返しを受けた。
 第 6に、選挙終盤になって大騒動を惹き起こしたジュール市長の「乱交ビデオ」である。 FIDESZのボルカイ・ジョルト (BorkaiZsolt)市長がアドリア海の豪華ヨット内で、クロアチア人セレブ女性6名と乱交したビデオが、投票直前になってネットに流された。これに慌てた FIDESZ首脳はボルカイの立候補辞退を迫り、政府系日刊紙 Magyar Nemzet紙もボルカイ市長の辞任を求める無署名論文を掲載した。ブダペスト市長タルロシュや国会議長クヴィールもまた、ボルカイ辞任で、選挙への影響を最小限に留めようと動いた。「乱交ビデオ」が公開された時に、オルバン首相はイタリアとフランスを外遊中で連絡がとれず、 FIDESZ首脳はとりあえずボルカイ辞任で事態を乗りきることを考えていた。ところが、連絡がついたオルバン首相に最終的な判断を求めたところ、「辞任の必要は無い」として、辞任に動く国内の首脳の動きを止めた。これで予定されていたボルカイ辞任会見がキャンセルされた。 Magyar Nemzet紙もまた、承諾を得ていない記事が誤って掲載されたと弁明することになった。
 
ボルカイ・スキャンダルの背景:AUDI利権の独り占め
 この内部騒動から分かったことは、これほど重大な問題に、 FIDESZ内部でオルバン首相を諫め説得できる政治家がいないことである。オルバン自身、スキャンダルや腐敗に高い倫理感を保持していないことはこれまでの叙述からも明らかだが、そのことが改めて裏付けられた。「この程度のことで、 FIDESZの支持が減ることはない。むざむざと野党に市長の椅子を渡すことはない」という奢りである。事実、ボルカイ市長は得票を大幅に減らしたが、野党統一候補に 644票の差をつけて再選された。しかし、 FIDESZ首脳はボルカイ・スキャンダルが、ブダペスト市長選や他の首長選に与えた影響を否定していない。
 ボルカイは FIDESZから離党することを伝え、 FIDESZ政権もこれで落着としたが、とてもそれで済む話ではない。このスキャンダルはたんに破廉恥罪というだけでなく、ジュール市の利権に深く関係している事件である。一介の市長が自分のお金でアドリア海の豪華ヨットで豪遊できるはずがない。その便宜を提供した者がいる。豪華ヨットに同乗していたのは、ボルカイの友人で、 AUDIへの土地売買で数十億 Ftも儲けた弁護士ラーコシュファルヴィ・ゾルターン( R.kosfalvi Zolt.n)である。彼がこの費用を負担したと考えるのが自然である。彼の弁護士事務所は自らが所有する不動産会社にもなっている。この会社が AUDI工場に隣接する農地を 2013年にただ同然で取得し、いったんルクセンブルグに設立した会社に売り渡すという操作を行った。その間に、ボルカイの指示で、当該用地が農地から工業用建設地に転換された。この会社が再び国内企業を経由して AUDIに売却するというスキームで、 40億 Ft近い売却益を取得した。
 実際の取引はもう少し複雑で、ルクセンブルグの会社は工場拡張用敷地を直接 AUDIに売却したのではなく、ハンガリーに設立された会社に売却し、その会社が AUDIに賃貸するという形態をとった。 AUDIにとっても、あまりに見え透いたスキームは後々問題が生じる。一定の賃貸し期間を終えた後に、 AUDIは当該の敷地を買い取った。
 このルクセンブルグのラーコシファルヴィ所有のオフショア会社 Luxemburg Akonia S.A.EUを実質的に切り盛りしているのは、ハンガリー人で現地に住む Kacsh G.borである。この Kacsh G.borこそ、EU補助金詐取で EU会計検査院から告発されたオルバン首相の女婿ティボルツ所有の ELIOS社を買い取った人物である。ここから、ティボルツはジュールの利権にも関係しているのではないかと疑われている( HVG, 2019. Oktober 17., 11.o)。このこともオルバン首相の判断に影響しただろう。
 
クロアチアとの奇妙な関係
 ラーコシュファルヴィは弁護士というより、こうした事業で暗躍する実業家で、政治的コネを利用して各地のカジノ経営権を取得して、ハンガリーで第二位のカジノ所有者になった。彼はまた、 2015年に自らの会社( Akonia Kft.)のマネージャーに、 20歳そこそこのボルカイの長男(アダム)を据え、月 100万 Ftの給与を払っていたと報道されている。この会社は 2016-2018年に売上げを記録していないという。さらに、「乱交パーティ」にはジュール市の利権で焼け太った事業家が数名参加しており、そのうちのサボ.・エルヴィン(SzabErvin)はジュールでレストラン業を手広く営んでおり、 5年前にボルカイの長女(ペトラ)にレストランの 1店舗を売り渡したが、現在もなお売却されたはずのレストランの連絡先は、サボ.が経営するレストランの住所になっているという。さらに公立学校教員であるボルカイの妻が風光明媚な Sokor.tkaの村に 4ヘクタールの敷地を保有し、その敷地が一大スポーツセンターになっていることも暴露された。市長や教員の給与ではとても賄えない投資である。これらはラーコシュファルヴィやサボ.が儲けたお金をボルカイ一家に配分する仕組みの一つである。いわば「乱交パーティ」に参加していたのは、ボルカイ市長とジュール市の利権で潤った実業家たちなのである。
 これほどのスキャンダルが暴露されても再選された背景には、ボルカイを頂点とするジュール市の利権の囲い込みがある。 AUDIの利権のみならず、ジュール市の再開発で巨額の補助金が動いている。利権保持の結束の強さがボルカイ再選を実現させた。他方で、その利権をめぐる仲間割れが、乱交ビデオの暴露に繋がったと考えるべきだろう。ネットに公開されたビデオの発信者は、 ”.rdg .gyv.dje(devil lawyer)”と署名されている。ボルカイ告発より、ラーコシファルヴィの告発を狙ったものとすれば、彼との事業トラブルにある人物の告発だと推測される。さらに、セレブ女性を集めたクロアチア側の関係者が、 FIDESZの政治家を狙って暴露した可能性もある。
 ハンガリーとクロアチアの政治関係は必ずしも良いとは言えない。 2008年から 2009年にかけて、ハンガリー石油ガス公社 MOLがクロアチア石油公社 INAの所有権の過半を買収した時に、 MOLは当時のクロアチア首相サナデル( Ivo Sanader)に 1,000万ドルの裏金を払った。この件が明らかになる直前、サナデルは突如首相を辞任した。 2010年 12月になって、クロアチア検察はサナデルを収賄容疑で逮捕しようとしたところ、サナデルはオーストリアに逃亡した。しかし、 2011年 7月にオーストリアからクロアチアに送還され、第一審で 10年の懲役刑の判決が下った。
 これに対応して、クロアチア検察はハンガリー MOL社長ヘルナディ・ジョルトの逮捕状を得て、 Interpolを通してヘルナディ・ジョルトを国際手配した。クロアチア政府は同時に、ハンガリー政府にたいし、ヘルナディ・ジョルトの引渡しを求めてきた。ハンガリー政府と裁判所はこの引渡し請求を拒否し、今日まで続いている。
 ハンガリー首相オルバンは自らの出身地フェィール県セーケシフェフィールヴァールを本拠地とするサッカークラブ Videotonを贔屓にしており、ハンガリー最大企業 MOLをスポンサーにするようにヘルナディに働きかけた。明らかに、ヘルナディを守る代わりに、 MOLの資金を贔屓のクラブに入れよということである。 MOLがスポンサーになったクラブは名称を変更して、 MOL Vidi FC(2019年より MOL Feh.rv.r FC)になった。このクラブが所有するジェットで、オルバン首相がロシア W杯の観戦に出向いた。
 また、オルバン首相と盟友メーサーロシュはクロアチアのサッカークラブに肩入れしており、クロアチアのサッカー界との不可解な関係を築いている。政治の表舞台で両国の関係はギクシャクしているが、オルバン=メーサーロシュとクロアチア・サッカー界とは奇妙な関係が続いている。裏の世界との繋がりがあっても不思議でない。
 この状況下で、クロアチアの反オルバン勢力が、オルバン一家の動向に目を光らせている。今回の乱交パーティのビデオや写真を撮ったのは派遣された女性だと指摘されている。誰かの指示で、撮影したと思われる。こうして、ボルカイとラーコシュファルヴィの「乱交パーティ」が、クロアチアの反オルバン反 FIDESZ監視網に引っかかった可能性は否定できない。
どうなるボルカイ・スキャンダル
 AUDIにしてみれば、工場敷地売買でジュールの要人に利益供与できるのであれば、言い値で買収しても構わないと考えただろう。リベートを合法的に渡せるからである。もちろん、敷地買収だけでなく、工場の進出に伴ってあらゆる種類の利権が発生する。そういう利権をむざむざと手放すことはないという関係者の強欲さが、市長再選を実現した。しかし、ボルカイ市長の前途は多難である。
 ボルカイは選挙後のジュール市新議会終了後に、辞表を提出した。遅きに失したが、ボルカイが市長でいる限り、この問題の追及から逃れることはできない。しかし、この間、さまざまな腐敗情報が公にされてきたことで、市長辞任では済まない問題になっている。
 FIDESZにとって、腐敗や破廉恥行為にたいする倫理感の欠如が暴露されたことは大きな痛手である。ビデオをネットにアップロードした .rd .gyv.dje(devil lawyer)は、FIDESZ政治家の破廉恥と強欲はこれに留まらないと次の暴露を予告している。オルバン首相は 1人の破廉恥な政治家の個人的行いと片付けているが、自らの家族の蓄財を含め、 FIDESZ政治家の蓄財が暴露されることは致命的な打撃を受ける。公共放送ではほとんど報じられないニュースであるが、ネットを通して全国の若者が情報を共有し合っている。いかに地方に強い FIDESZといえども、腐敗ニュースの漏洩は FIDESZ支配を脅かす。
 腐敗暴露が FIDESZ帝国の「蟻の一穴」にならないとも限らない。社会党崩壊がジュルチャーニのウスド演説だったように、ボルカイのセックス・スキャンダルが FIDESZ帝国凋落の始まりになる可能性を否定できない。