ハンガリーに来て3年が経ちました。1年目はパートタイム生として、2年目からは大学院生として在籍しています。
ハンガリーへの留学を目指したきっかけは、母校の日本の大学とリスト音楽院が国際交流協定を結んでおり、リスト音楽院の教授であるラントシュ・イシュトヴァーン氏を客員教授に迎え、毎年、定期的に行われる特別レッスンを受講したことが始まりでした。先生の指から奏でられるピアノの音色は神秘的なほど温かく、的確なアドバイスにすっかり虜になりました。
留学の1年目は、シャーンドル・ファルヴァイ教授に師事しましたが、先生との出会いは札幌で開催されているリスト音楽院セミナーを受講したことでした。セミナーではラントシュ、ファルヴァイ両氏のレッスンを受け、技巧から背景まで曲の解釈を読みとり、楽譜を正しく読む大切さや、系譜的にリストから受け継がれたヨーロッパの正統派音楽を学べることに感動しました。
大学院に入学した2年目からは、バール・ダーヴィット、ファルカシュ・ガーボルの各氏に師事しました。
留学して自分に足りない点を強く感じたのは、表現することの大切さでした。それは、独りよがりの演奏をするという意味ではなく、作曲家の意図するものを汲み取り、どの様な音色で何を伝えたいのかを常にイメージすること。それを意識することによって、楽譜に書かれてある作曲家のひとつひとつのメッセージを大切にしながらも、自分の言葉としての音楽を表現出来るということに気づかされました。
日本とは少し異なる聴衆の反応にも刺激を受けました。少々のミスがあっても、演奏家の表現したいことを感じとり、盛大な拍手を送り温かい耳で聴いてくれる聴衆。それは、音楽が常に生活の一部としてある故のことなのでしょうか。
ハンガリーでの生活は、日本とはまるで違う空気感を感じます。ヨーロッパ特有の美しい街並み、異文化での生活。例えば、冬の寒い日でも外のテラスでビールを飲みながら陽気にお喋りする人々…。当たり前の日常。日本ではテレビ画面を通してでしか感じることのできなかったものが、五感で味あうことができる。著名な音楽家の演奏を連日のように聴くことができるのはもちろん、こうした現地でしか味わえない空気感を感じられることも留学の醍醐味なのではないかと思います。
ハンガリーに来て最初の半年間は、ハンガリー人の家族の許でホームステイをさせてもらいました。最初は呪文のようにしか感じられなかったハンガリー語ですが、家族と片言でも話しているうちに、少しずつ理解できるようになりました。ハンガリー語はアクセントが語の頭にきます。今まで日本でバルトークの作品を弾いた時には理解し難いリズムが、ハンガリー語を少し理解できるようになると、まるで違う音楽に捉えることが出来たことは大きな収穫でした。それによって、音楽と言語は密接な関係にあるということも実感しました。
家を出た今も家族とは交流が続いており、時々招待してくれてはハンガリー料理をふるまってくれます。時には何時間もお喋りをしたり、ハンガリー語の勉強を一緒にしてくれたり本当の家族のように受け入れてくれます。
この3年間での留学生活では辛いこともありましたが、ハンガリーの家族、日本の家族、友人、先生方、なにより音楽に支えられて乗り越えられたように思います。そして、留学をしなければ得られなかったであろう、憧れのピアニストとの素敵な縁もありました。
日本ではなかなか聴く機会のなかった巨匠の演奏を聴いたり、オペラを観たり、いろいろな音楽を聴いて過ごせた日々はとても幸せな時間でした。
留学したことにより自分の引き出しを広げられたこと、そして音楽を共に学ぶ沢山の留学仲間と出会えたことは一生の財産になります。
帰国まで数週間と迫った今、このハンガリーで学んだ経験と知識を生かし、感謝の想いを胸に秘め、地元の音楽発展に微力ながらも貢献することが出来ればと思っています。 |