今年の欧州クラブ選手権は堪能できた。準決勝の組合せがリーガ・エスパニョーラとブンデスリーグの上位2チームの対決で、リーグのレベルを推し量る上でもたいへん興味深かった。ブンデスリーガの覇者バイエルン・ミュンヘンと昨季まで香川が属していたドルトムントが、それぞれ当代最高のストライカーであるメッスィとロナウドを擁するバルセロナとレアル・マドリードを倒して決勝に進んだのだから、ドイツのファンにはこれ以上望むべくもない組合せになった。
 香川が移籍したマンチェスター・ユナイティッドは決勝トーナメント1回戦でレアル・マドリードに負けてしまい、香川はアウェイのゲームに前半だけ出場して、後は出番がなかった。ホームでのレアル戦直前のプレミアリーグでハットトリックを記録し、誰もがレアル戦は先発と思っていた。激しい体力戦に向いていないと判断されたのだろう。チームの攻撃に変化を付けるために香川を入れたはずなのに、香川が加わった時の攻撃オプションに、チームがまだ慣れていないということだろうか。ドルトムントに残っていれば、欧州CLの舞台で存分に活躍できはずだから、なんとも巡りあわせが悪い。

 バイエルン・ミュンヘンがバルサを合計得点7-0の大差で一蹴したゲームは、オリンピックで惨敗したスペイン代表の戦い方とダブって見えた。バルサに代表されるパスサッカーが、バイエルン・ミュンヘンのスピードのある圧倒的な攻撃力の前に粉砕されたからである。長らく世界のサッカー界に君臨するスペインは、華麗なパスワークで相手を翻弄しゲームを支配してきた。ところが、縦の突進力のある攻撃を展開されると、ディフェンスが受け身になり、球を後ろで回しているだけになる。ボール支配率は高くても、脅威を感じさせない。バイエルンは左にフランス代表リベリ、右にオランダ代表ロッベン、ワントップにクロアチア代表マンジュキッチ(ドイツ代表ゴメス)、そしてトップ下にミューラーを据える超攻撃的布陣だ。守備的MFもSB、ゴールキーパーもドイツ代表を揃えるチームだから、まさに鬼に金棒。これだけの突進力で責められると、パスサッカーが蹴散らされるということか。

 ドルトムントはまったく違ったカラーのチーム。香川が去った後も、親しみのあるドルトムントのゲームを良く見ている。このチームの特徴は90分間休みなく走り続ける若さだ。とにかく、20代前半の若い選手(ほとんどが各国代表選手)が、労を惜しむことなく走る。香川と組んでいたワントップのレヴァンドフスキー(ポーランド代表)はレアルとのホーム戦で何と4点をもぎ取った。香川の後を引き継いだトップ下に「ドイツの至宝」と呼ばれるグゥツェが、右にポーランド代表ブワシェチコフスキー、左に一昨年のリーグMVPのロイス、右SBにやはりポーランド代表のピシチェク、左SBにドイツ代表シュメルツァー、CBがセルビアのスボティッチとドルトムント生え抜きのフンメルスという若い布陣だ。ポーランドとドイツの若手選手からなるチームだ。この若い力は最後まで諦めを知らない。準々決勝のマラガ戦では90分間が過ぎ、2点を取れなければ敗退という絶体絶命のロスタイム4分間に、何と2点を入れて逆転してしまった。線審がオフサイドを見逃したほどの怒涛の攻撃だった。

 ドルトムントを率いる青年監督ユルゲン・クロップは長身で厳(いかめ)しいひげ面ながら、選手をとても可愛がる。昨季、優勝を決定づけるゴールが決まると、グランドに躍り出て、小さな香川を抱き上げた。移籍が決った香川を抱きしめて涙を流し、マンチェスターで左MFに追いやられている香川を悲しいと吐露するクロップは、人情に溢れている。だから選手に兄貴のように愛される。レアルを去ったモウリーニョとまったく対照的だ。
 そのクロップが苦しい立場に置かれている。生え抜きのグゥツェがライバルに引き抜かれたからだ。新しくバイエルン監督に就任するグラディオラ(前バルサ監督)の要請で、バイエルンが3700万ユーロの巨額違約金を払って引き抜いた。もちろん、本人の同意があるから、クラブ側は止めようがない。しかし、CL決戦直前の移籍発表はとてもフェアとは言えない。ドルトムントが急いで香川の引き戻しをマンチェスター・ユナイティッドに打診したようだが、移籍してまだ1年も経たないから交渉にならない。
 追い打ちをかけるように、レヴァンドフスキーのプレミアリーグ移籍が話題になっている。昨季、プレミア得点王のファンぺルシーをマンチェスターに引き抜かれたアーセナルが、レヴァンドフスキーに白羽の矢を立てたからだ。CL決勝にまで進んだドルトムントだが、まだ若い選手にはプレミアリーグで活躍したいという夢がある。飛車角が移籍するドルトムントは当然、代わりの選手を探さざるを得ない。もし香川が来季もマンチェスターで冷遇されるなら、ドルト復帰が実現するかもしれない。ドイツ・リーグのレベルの高さが証明されたのだから、もうプレミア志向など捨てても良いではないか。それに、ドイツ・リーグの財政的基盤は盤石なのだから。

 翻(ひるがえ)って、コンフェデレーション杯3連敗の日本の評価は難しい。なによりも不可解なのは、ザック監督とサッカー協会のコンフェデレーション杯の位置付けである。ブラジルが2週間の合宿を張って第一戦の日本戦を迎えたのにたいし、日本は消化試合となったイラク戦に主力の半数以上を出場させ、オーストラリア戦からイラク戦を経て、中3日でブラジル戦に挑んだ。日本からブラジルは地球半周である。これで準備万全のブラジルと戦えるわけがない。事実、選手の動きは鈍く、ほとんど見るべきところはなかった。移動の疲労が少しは取れた対イタリア戦での互角の戦いを観ると、やはりコンディションの調整なしに良いゲームはできないことが分かる。チームのレベル、戦術や選手起用を議論する以前の問題である。こういう議論がないのはどういうことだろうか。

(もりた・つねお 「ドナウの四季」編集長)