地方自治体の中でも、建築課は特別な存在だ。許認可にかかわる部署だから一種の独立権力になっている。ここが許可しない限り、地下鉄工事も止まってしまう。工事が始まってからどうしてそのようなことが起きるのか理解不能だが、とにかく自治体の建築課は絶対的な権限をもっている。
 2009年に照明デザイナーの石井幹子さんが設計したエリザベート橋のライトアッププランも、ブダペスト市建築局からの修正要求が度重なって、当初のデザインと似ても似つかないものになった。確かに橋は明るくはなったが、橋桁のラインが浮き彫りになる照明が当初のデザインだった。しかし、修正に修正を重ねた現在の照明には石井さんの構想がほとんど活かされていない。
 それほどにハンガリーでは建築局(課)が絶対的な権限をもっているから、建設・建築許可申請は頭が痛い。権限と腐敗は表裏一体。自治体の建築局(課)は腐敗の巣窟になる。

特殊な規制

 ハンガリーには日本では考えられないような規則や規制が存在する。自宅敷地内の樹木の伐採にも許可が必要だ。自宅に庇(ひさし)を取り付ける場合、1.5mの幅を超えるものには許可が要る。自治体によって規制の仕方には違いがあるようで、15平方米までの庇なら許可がいらないところもあるが、対称型の家屋(いわゆる双子型家屋)の場合、その一方の形状を変える改築はほとんど許可されない。
 許可が必要とは言っても、隣近所の人が役所に通報(密告)しなければ問題ない。だから、多くの人は許可なしで実行する。しかし、通報されると面倒で、取り壊しや罰金命令がでる。しかし、いったん許可申請をすると、簡単に許可が下りないだけでなく、却下されることも多いから、業者ですら申請案件に積極的に関わることを避ける。
 やっかいなのは隣家との関係が良くない場合。隣家の異議申立てがあると、改築は簡単に済まない。まず居住区の役所に改築申請するが、建築課で即座に判断できない案件は専門家(都市計画)委員会の審議事項になる。このレベルで却下されたら、ブダペスト市の地方委員会へ再審査を要求できる。ここでも却下されると、民事訴訟しか道は残されていない。反対に、再審査で申請者の主張が認められると、再び居住区の建築課へ審査が差し戻しとなる。
 知人・友人に聞いてみると、改築をめぐる隣家との争いはかなり多い。小さな案件ですら、役所の審査が終わるまで1年近くかかる。民事訴訟で何年も裁判で争っているという事例をたくさん聞かされた。

建築申請

 居住空間を広げ、かつ冬の寒さを和らげるために、15平方米のベランダに屋根を付け、透明ガラスの雨戸を設置しようと思った。北欧諸国で流行している「ガラスのテラス(uvegterasz)」である。こうすれば、夏はすべてを開放し、冬は閉め切ることができる。
 建築士を紹介してもらい、2区の建築課と予備交渉を行った。私の家は双子型なので、即座に却下される可能性もあったからである。隣家と一緒に申請すれば許可取得は難しくないが、隣は門の扉を赤色の鉄製に替えたばかりだし、外壁を白色からピンクに近いカラーに変えてしまい、我が家の白壁とはアンバランスになっている。隣のベランダとは3mほどの垣根で遮られているから、隣の趣向は気にならないが、一緒に何かをできるような隣人ではない。それに隣人は何でもすぐに役所に通報する性癖があるから、やはり許可なしの改築はリスクが大きい。
 双子型とはいえ、我が家は角地で敷地の形状も庭を囲む塀の材質も色も隣家とは異なる。10mほどの樅の木4本が家屋を覆っているし、前庭にも木々が生い茂っているから、双子型の形状を確認することは難しい。だから、テラスをガラスで囲う程度のことは許可されると考えた。事実、予備交渉を行った建築士が7~8割方許可される感触を得たというので、20頁ほどの図面書類をまとめて、建築許可申請を行うことになった。

コネを探せ

 アメリカで活躍するハンガリー人物理学者バラバシの『新ネットワーク思考』(NHK出版、2002年)に「六次元の法則」が解説されている。「6人の人を介せば、地球上の15億人のほとんどの人とつながることができる」。たとえば、ジョージ・ソロスと懇意のハンガリー人と私は友人だから、ソロスを介してアメリカ大統領につながる経路を見つけることは簡単だ。ブダペストのような小さな町では2~3名の人を介せば当該人物にたどり着ける。ブダペスト2区建築課の主任建築士の名前を調べ、友人の工科大学教授を通して建築科の教授の意見を仰いだ。すぐに回答が届いたが、「この主任建築士は融通が利かず頭の固い難しい人物として良く知られている。12区だったら助けられたのに」という。申請を手伝った建築士も、「他の区の建築課の仲間でも、2区の主任建築士は意地悪(gonosz)人間として良く知られていて、彼に話ができる人物を建築士仲間で探したが見当たらない」という。
 こうなったら仕方がないと腹を決め、10月初めに申請書を提出した。数週間経て、「申請料の2万Ft分の印紙が貼られていないので、受付が完了していない。法律によって申請受付から45労働日の間に決定を出すことになっているが、当該案件は未受領の状態で、さらに都市計画委員会に付託された場合に、その期間は審査期間に含まれない」という四角ばった書留通知があった(書面を寄越す前に、ちょっと電話してくれれば良いものを)。建築士が9月初めに予備交渉を行ってから、ようやく10月28日に申請書類が受理された。

都市計画委員会

 ベランダに屋根を付ける程度のことなら、建築課で判断可能な事柄である。しかし、とくにコネのない私の案件は、区の都市計画(専門)委員会に諮られることになった。ここに諮られる案件のほとんどは却下される。
 所用で委員会を傍聴できなかったが、改築内容を説明した建築士から委員会の様子を聞いた。「ガラスのベランダは寒さを防ぎ、エネルギー節約になる」という説明にたいし、専門委員の一人は「ベランダというのは、夏は暑く冬は寒いものだ」という卓見を披露したという。もう一人の委員は、「美観は今のままの方が良い。隣家と一緒に申請し直したらどうか。ところで、家の玄関にある庇は許可を得ていないのではないか。あれは見かけが良くないから、隣家と共同でベランダを改築する時に、それも一緒に改築したらどうか」と、余計なお世話までしてくれた。まるで公営住宅の審査のようだ。最終的に委員会は「ベランダの改築を許可しない」結論をだした。
 もっとも、計画委員会の決定はあくまで参考意見で、役所の建築課は委員会と異なる結論をだすだけの裁量権をもっている。だから、この時点で袖の下を使うことができれば一件落着になったのだが。
 1月中旬の計画委員会の後、この案件はさらに1カ月半以上も放置され、法的期限が切れる3月1日付けで、ブダペスト2区建築課の結論が3月中旬に届けられた。厳しい冬が過ぎ、予備交渉を行ってから半年経た結論である。この間、建築課の担当者も計画委員会の専門委員も現地に出向いて現状を確認することはなかった。結論の根拠は、「双子型の家の形状変更になるから」というだけである。この結論を出すのに、4カ月も必要ない。

さて、どうする

 知り合いの弁護士に相談した。隣家にお金を渡して、建築に賛同してもらうのが一番簡単だという。しかし、それはやりたくない。もう面倒だから罰金覚悟で改築を始めようと考え、業者に資材の搬入を依頼した途端に、隣家の夫婦が飛び出してきた。建築課の決定は隣家にも送付されていた。「許可がない建築だから、役所に訴える」という。「隣が改築されれば、自分の家の価値が下がる不利益を得る」というのだ。やっぱり、こんな隣人なら、時間がかかっても、正式に許可を取るしかない。
 建築不可の決定書を受け取ってから、再審査要求書の提出に10日の猶予がある。急いで長文の要請書を認めた。「双子型だからというだけの理由で却下するのに、どうして4ヶ月もの時間がかかるのか。これだけの時間をかけながら、誰一人として現状確認にきていない。これが市民に奉仕する自治体の仕事と言えるか。現状確認を怠り法律の機械的適用で結論を出すのは、官僚主義そのものである。双子型の家屋とはいえ、隣家と我が家の敷地は形状も立地も異なる。門塀の材質・色も外壁の色も違い、双方の家屋部分は高い樹木によって覆われており、双子型の形状を認識するのが難しい状況にある。隣家の門塀が赤色に彩られているが、趣味は悪いとは思うが、我々はまったく気にしない。しかも、隣家との境は3mもの高さの樹木の壁で二つの家屋部分は隔てられている。こういう物件にたいして、規則の機械的適用は誤っている。アンドラーシュ通りや薔薇が丘の邸宅ならともかく、我が家はブダペスト市と隣町の境に位置する家屋である。通りすがりの人のために原型を維持することが必要だとは思われない。しかも、却下の根拠になった計画委員会の意見はきわめて無責任であり、エコ技術でもある北欧の「ガラスのテラス」の価値をまったく分かっていない。委員はあたかも我が家を公営住宅であるかのように議論しているが、いったい我が家は誰のために存在するのか。計画委員や通りすがりの人のために存在するのか、それともそこに住む住人のために存在するのか。建築委員会の結論は住民の正当な権利を侵害するもので、受け入れがたい」。

差し戻し

 3月末に送付された再審査要請書は上級機関(中部ハンガリー管理局)に送られ、その審査決定が5月20日付けで下された。結論は、「第一審決定を取り消し、第一審のやり直しを命じる。再審査申請に徴収した3万Ftは申請者に返却する」。決定理由が二頁半にわたって記され、私の反論には「説得力がある」と記されていた。
 この完全回答はやや意外でもあった。しかし、そこまで主張を認めたなら、即座に許可を与えても良いではないか。ところが、ハンガリーではまるで裁判所の判決のように、下級の審査が再び開始される。郊外の家のテラスに屋根を付けるだけのことに、これほどの労力と時間をつぎ込むのは馬鹿げていないか。どう考えても税金の無駄遣いだ。
 しかし、またしても下級の役所の対応は悪い。2区の建築課から再審査の決定がいつまで経っても届かない。上級機関が明瞭な判断を下したのだから、現状確認して決定すれば済むことだが、審査期限が切れる7月末が近づいても何の音沙汰もなかった。それなら、下手に催促するより、法的決定期限45日を過ぎるのを待つのが得策。期限が過ぎれば、申請者に有利な許可以外の決定は出せないからだ。
 審査期限が切れた7月末日に、友人の法律家が2区の建築課に審査の現状を電話で問い合わせた。ところが、建築課の誰も我が家の案件の書類を見つけることができない。担当者が休暇から戻る翌週に調べるという。期限直前に書類を出して決裁するのが役所の労働慣行だが、書棚のどこかに置きっぱなしで、決裁期限が過ぎたのも忘れていたようだ。
 8月初め、再び友人が催促の電話を入れた。「この件はすでに法的期限が過ぎている。明らかに業務怠慢ではないか。こういう状態なら、民事訴訟を起こすことも考えざるを得ない」、と。これに驚いた建築課は主任建築士が不在だったにもかかわらず、助役顧問の名前で急いで2通の書留通知書を認めた。一通は、「当該案件の審査が長引いているので、審査期間を20日間延長する」という審査延長通知(法的期限が切れる7月26日に遡った日付で、8月11日の消印)で、二通目は「現状確認をおこなった結果、当該改築は家屋の外観を変えるものではないと判断できたので、改築を許可する」(8月3日付けで、8月11日の消印)という決定書である。この2通の書留を一緒に送付してきた。
 袖の下を通さないと、こんな些末な案件でも1年近い時間がかかる。民事訴訟になれば数年は覚悟しなければならない。それにしても、ハンガリーのお役所仕事はお粗末限りない。ハンガリーの自治体はOnkormanyza(t self-government)というが、とても住民の利益のために働いているとは思われない。旧体制の役人主権はいまだ健在だ。

(もりた・つねお ハンガリー立山研究所)