はじめまして、ヴェスプレームに在住の森田友子と申します。12年前に初めてこの地を踏みました。途中、主人の仕事で他国へ移動もしましたが、5年前からはここに腰を据えて生活しています。”住めば都”にしたいという思いで、ハンガリー人の夫と、現在9歳の娘、6歳の息子を育てながら毎日を送っています。これから数回に渡って、ヴェスプレームでの生活について書かせて頂けたらと思っています。

 今からかれこれ20年前、植物学者の夫は、趣味と実益を兼ねて、庭でもみ(樅)の木の栽培を始めた。本業の研究職で外国に赴任し、数年家を空けることになったので、他の作物に比べて手の掛からないもみの木はもってこいの植物だった。それから七年後、もみの木たちは2メートル近い、売れ時の綺麗なクリスマスツリーとなっていた。ご存知、アンデルセン「もみの木」は、森の中で晴れやかな未来を待ちわびる。我家の庭のもみの木たちも同じように主人の帰りを待っていたのである。
 ここで、販売方法を少し説明させて頂きたい。庭には、30cmにも満たない苗木から、売れ時の木までがバラバラに植わっているので、売りの木(約170cm以上の木)には、赤いリボンをくくり付けておく。店はクリスマスの10日ほど前に開店し、お客様には庭を歩き回ってもらい、印のある木の中から好きなものを選択してもらう。
 露店と我家の店の大きな違いは、まずなんといっても新鮮さ。露店で売られているもみの木のほとんどは、森や遠くの地域で栽培されているものなので、遅くとも11月末には伐採されてトラックに積まれ町へと運ばれる。だから、イブの日に暖かい部屋に入れられると、すぐに葉を落としてしまう。でも、我家のもみの木は、直前まで土の中で生きていられるので、いけすの魚と言えば解りやすいだろうか、新鮮そのもの。主婦にとって、ただでさえ家事が忙しくなるこの時期に、掃除負担軽減の理由は大きい。もみの木はふつう1月6日に片付けられるが、2月まで見事だった、というお礼を頂いたこともある。香は文句なしに最高だし、色艶の違いも歴然。

 もうひとつの魅力は、予約ができること。木を選んでもすぐ持ち帰る必要はなく、イブ近くの都合のいい時に切ってもらうことができる。集合住宅地で、ベランダからもみの木が吊るされている光景を見たことがあるが、特にマンション・アパートに住む人にとって、2メートル近い木の保管場所を確保するのは至難の業だ。
 また、露店では、見比べられるのは数本が限度だけれど、私たちのところでは、自分の足で歩いて何十本、何百本の木を見てから選ぶことができる。ただ、それが逆効果で、数時間掛けて探した末、一体どれがよかったかわからなくなってしまったと、翌日出直す人もたまにいる。
 とまあ、こんな理由で、開店してから既に10年以上になるが、ありがたいことにリピーター客が多く、商いは右上がりである。それでも、真面目な主人は、お客様の好みにより一層応えられるよう、努力を怠らない。大半は、絵本に出てくるような左右対称でトウモロコシ形のツリーがお目当てだから、毎年剪定方法を研究している。時々お世辞でも綺麗と言えない形の木を選んでいかれることもあるから難しいのだが、密かにアメリカへの短期丁稚奉公計画も立てている。アメリカには、100年以上の歴史があり、代々継がれている農場もある。郊外の広い土地にあるので、様々なイベントが用意され、週末のレジャー施設となっているところもあるそうだ。
 好みも様々だが、お客様そのものも十人十色。稀ではあるが、物々交換を提案され、養鶏場のオーナーから鶏肉を代金として受け取ったり、蜂蜜やアイスクリーム、車の修理で手を打ったりしたこともある。服が汚れてでも自分で切りたいといって軍手をしてくる人もいれば、こどもと一緒にわざわざソリを引いて出掛けてくる人もいる。ハンガリーでは、プレゼントはサンタクロースではなく、エンジェルが持ってくるのだが、もみの木も同様、イブの夜に天使が運んでくることになっているので、選びに来るのはパパ独り、という家庭は結構多い。奥さんと一緒に来て、喧嘩になって帰る夫婦も少なくないので賢明かもしれない。
 余談だが、この時期になると、地球環境保護の名目で、レンタル鉢植えツリーの記事をチラホラ目にする。京都議定書・森林 CO2 吸収量の研究者、主人曰く、あれはデタラメ。詳細な分析の説明は控えるが、買う(切る)人がいるから植える人がいる、という単純な方程式を考えても理解できるのではないだろうか。森林伐採だ!と思われていた方、それは誤解です。
 こうして書くと、クリスマスツリーファーム、なんておいしい商売、と思われるかもしれない。が、やはり仕事は仕事。春になれば次の世代をせっせと補充し、害虫や病気を調べたりしなければならないし、夏の水遣り・草刈はキリがないし、PHや栄養にも気を配らなければならない。シーズン中は、泥棒さんとの戦闘も待っている。残念ながら、一攫千金、マフィアに近い商いなので、留守中、何百本という木をチョン切られたこともある。それでも、植物が大好きな夫は、この商売だけはやめられない。
 妻としては、年に一度の稼ぎ時、万刷を数えるのも楽しみだが、キリスト教最大のイベント、クリスマスに欠かせないもみの木に関われることを、とても誇りに思っている。数日とはいえ、寒い中の外の仕事となるので楽ではないが、なにより、ツリーに対する人々の思いは深くて重く、本当に素敵な商売だと思う。この原稿を提出した翌週、我家のクリスマスツリーファームはオープンの日を迎えます。

(もりた・ともこ)