年間通して世界中で演奏を行っているフジコ・ヘミングさん。今年もヨーロッパツアースケジュールにハンガリー公演を組み入れ、9月26日にリスト音楽院大ホールにてコンサートが開催された。今年で3年連続となるハンガリー公演は、長年の友好交流から信頼し合えるマーヴ(MÁV)交響楽団と、隣国スロバキアよりスロバキア放送交響楽団常任指揮者のコシク・マリオ氏を迎えての公演となった。
 彼女は1999年2月に日本のテレビを通して壮絶な人生が人々の心を掴み一夜で有名になったが、中でもブームを巻き起こしたのがハンガリーを代表する作曲家F.リスト作曲の「ラ・カンパネラ」だった。彼女のデビューCDでもあった『奇蹟のカンパネラ』は、クラシック界で異例の200万枚以上の売上を記録した位だ。遅咲きのピアニストとはいうもの彼女のピアノ人生は既に幼少のころからすでに開花し、世界中のピアノコンクールも多数受賞されている。

 今回の会場にもなったリスト音楽院は、まさにリスト一色。大いなる作曲家F.リストのいるハンガリーでの演奏はヘミング氏にとって特別であった。昨年、リスト音楽院大ホールのステージで演奏を披露した彼女は演奏会前からリストへの特別な想いを強く持ち、この公演の実現を願っていた。コンサート当日も前半のソロプログラム終了後、舞台袖に戻ってきた瞬間の氏は、「今までにない不思議な感覚に陥った。パワーを感じたわ」と話してくれた。それを聞いた瞬間、彼女がどれ程までに、このステージで演奏を願っていたのかを全て感じ取る事が出来た。人が何かに対して特別な想いや感情を表すことが、こんなに素晴らしい結果をもたらすという現場に居合わせて頂けたというのは本当に幸せであったし、色々な意味で不可能を可能にし、神がかっていくところまで引き上げてくれるのかと、鳥肌が立った。そして今回の前半のソロプログラムでは、また違った一面を魅せてくれた。

 ヘミングさんは、舞台に出てピアノまでの距離をゆっくり進む。ステージから全ての聴衆を見渡しながら進む姿は、まるで会場全体と、これからの時間を共有する事の大切さを聴衆の皆さんに向けてメッセージを送っているともいえる行動に見えた。拍手が止み会場全体の視線がステージの中心に座る彼女に集まる。ここからが皆さんを虜にしていくフジコワールドの始まりだった。現代のピアニストのスタイルやテンポ設定とは異なり、まさに彼女人生そのものが映し出されるような演奏形態は、一音一音と進行していく度にピアノの音で描かれる世界に引き込まれて行ってしまう。ちょっとした魔法をかけられているようだった。彼女の演奏は曲のテンポ設定なども含めて独特な枠に入ると思われるが、とにかく個々の音・音色に対しての表現が豊富だ。かわいらしいものもあれば、時々切なくなるような音色、力強さ・重さと言うよりは大地に根を張っている強さの方が表現としては正解ではないであろうか。決して急がない心穏やかな演奏に、涙されている方も見受けられた位、聴衆としても不思議な感覚である。
 ソロが終わり、マーヴ(MÁV)交響楽団、コシク・マリオ氏とのモーツァルト「ピアノ協奏曲21番」が始まった。この作品はモーツァルトのピアノ協奏曲の中でも人気が高い作品の一つでもあり、幸福に満ちた曲でもある。指揮者とは数回本番を共にした間柄で互いの信頼関係も高かった。そこにマーヴ交響楽団の高いアンサンブル技術が加えられ、素晴らしいハーモニーが奏でられていた。
 最後にヘミングさんは、冒頭でも記載したF.リスト作曲の「ラ・カンパネラ」を披露した。
 アンコールというものは当日プログラムに記載されないのが本来な訳だが、本人たっての希望で、記載しての演奏となった。ハンガリー国内では当然ながらヘミングさんがどのように、どのようなきっかけで有名になったなんて知っている人はいないだろう。ただただ彼女の演奏を目当てに会場に足を運ぶ。今回はハンガリー国営テレビの協力で、このコンサートのCMが10日前から流れていた。後で聞けば、多くの方の目に留まっていたようだ。2日前にはリスト音楽院から目と鼻の先の場所で爆発事故が発生し、その日はリハーサル日だったが、リスト音楽院周辺は立ち入り禁止区域となり、コンサート当日は付近が警備強化などと、コンサート開始までの2日間の時間は緊張感の漂った日々だった。
 一時はコンサートが開催できないのではという声もあり、とにかく爆発事件の解決を願った。幸いコンサートは開催できるということで、通常通りのゲネプロも予定通りに進み、辺りも交通規制も解除になりコンサートを迎えることが出来た。チケット販売は完売と嬉しい知らせが数日前に出ていたが、この事故の影響が出る可能性もあり、コンサート開始まで不安がよぎったが、このような状況でも多くの方が来場してくれたことに感謝したい。本当に良い雰囲気でコンサートが終了できたこと、コンサート中に事故がなかったことは、多くの方々のサポートがあったからこそである。
 フジコ・ヘミングさんのコンサートは来年度も企画をされると思う。是非、実現して頂きたいと思う。そして、ハンガリーの皆さんや、在留邦人の皆さんの前で素敵な演奏を披露して頂ける事を願うばかりである。

(くわな・かずえ Propart Bt. 代表)