突然ですが、みなさまは、「着る」は「着て」、「来る」は「来て」、「切る」は「切って」、「聞く」は「聞いて」、「きしむ」は「きしんで」、「きらす」は「きらして」になるというこの活用がどういう仕組みなのか、お考えになったことはあるでしょうか。 「I am Nancy」は「私はナンシーです」でしょうが、「どんな動物がお好きですか」、「私は猫です」という会話では、夏目漱石の小説のように猫が突然自己紹介を始めてしまっているのでしょうか。 「まで」と「までに」、似ているので日本語学習者は混同しますが、「死ぬまでバンジージャンプをしてみたいです!」と言われると、「えー、そんな死に方…」と思いませんか。 「あのー」と「えーと」も似ていますが、「25+98は、えー…」と計算している時に横から「あのー…123ですよ」と言われたら、何かバカにされたように感じるのは私だけでしょうか。 そして、これらをその場限りではなく、ほかの機会にも応用が利くように外国人の日本語学習者にわかってもらうには、一体どう説明したらいいでしょうか。 自己紹介が遅れました。内川かずみと申します。エトヴェシュ・ロラーンド大学(通称ELTE(エルテ))日本学科に日本語教師として勤め、今年の9月で10年目に突入します。 もともと私は日本語教師になるつもりは全くなく、それどころか、日本語教師という職業の存在自体にもあまり気づいていませんでした。こちらに住み始めた頃、現地の方に「日本人なら日本語が教えられるだろう」とレッスンを頼まれたのがきっかけです。 実際にやってみると、すぐにいくつもの壁にぶつかりました。外国人を相手に「日本語」を教えるのには「国語」とは全く別の知識が必要だということを、身をもって知りました。よく知っているはずの母語なのに様々な疑問や珍回答に遭遇することがおもしろく、あっという間に年月が過ぎ去ってしまったという感じです。 日本語自体の尽きない謎も魅力ですが、私にとっては職場の大学生たちがそれにも増して魅力的です。日本学科は今、いわゆる「クールジャパン」のおかげで非常に人気があり、選りすぐられた優秀な人たちが入学してきます。優秀な人たちが様々なことに挑戦しながらぐんぐん伸びていく様子を見るのは、すがすがしく気持ちの良いものです。 「日本学科を卒業した人たちは、何をするの?」と聞かれることが多いので、今でも日本に関わってる卒業生たちの中で、特に面白いことをしている人たちを少しご紹介させてください。 例えば、外国人なのに日本の語学学校で日本語教師をしていたという稀有な経験を経て、この4月からは博士号を取得した母校京大に戻って教鞭をとることになっている人。リスト音楽院に自分を売り込んで仕事を作り、現在は日本人デスクのような役をしている人。明星大学で英語を教え、余暇にはハンガリー民族ダンスグループで日本人ダンサーたちとともに踊っている人。京都で古民家を改造して暮らしながら、大学院で日本の伝統建築技術を研究したり、宮大工に交じって仕事したりしている人(清水寺等の修復に関わったそうです)。民俗学者南方熊楠の研究者で、阪大で博士号を取ってそのままそこで民俗学を教えている人。日本でインディーロックの雑誌編集やDJをしていて、自分でもCDを出すのが夢という人。留学先の大学で事務職に就職させてもらった人。書道を極め、師範並みの字を書くようになった人。日本学科卒業後、映画学科の大学院に進み、現在は東大で漫画・アニメ研究中の人。同様に映画学科に進学して能楽研究に携わり、ハンガリーで現代風な能の公演を実践した人。日本学科と哲学科、二つの博士課程に並行して通い、丸山真男研究にいそしむ傍ら、ハンガリーでアジアについて学んでいる人たちのための3日間にわたる研究発表会を毎年主催している人(この3月に第7回目が終了しました)。オランダにある日本人向けバーで働いている人。ANAに就職し、ベルギーの空港で働いている人。日本人にヨガを教えながら、お茶大で大正時代の児童雑誌『赤い鳥』の研究をしている人。 ほかにも今、日本あるいはハンガリーの大学院で勉強している人については枚挙に暇がないのですが、研究テーマをざっと並べると、日本の部活動だったり、落語における関西弁だったり、日本人の集団意識の民俗学的・社会学的分析だったり、国語国字問題だったり、黄表紙だったり、演劇学だったり、川端康成だったり、イタコだったり、西洋美術と日本美術の出会いだったり、俳句だったり、ユタだったり、日本におけるハンガリー語教育だったり、二葉亭四迷だったり、春画だったり、僧兵だったり。本当にいろいろです。そしてもちろん、こちらの企業さんで通訳・翻訳業や日本人のお客さん相手のお仕事をさせていただいている人たちや、国際交流基金ブダペスト日本文化センター、在日本ハンガリー大使館、在ハンガリー日本大使館などで働かせていただいている人たちもいます。 ちなみに、本誌『ドナウの四季』にはほとんど毎号、自分のまわりのハンガリー人が書いた文章を載せていただいているのですが、今回の『ドナウの四季』にも2人の卒業生に原稿をお願いしたので、ぜひご一読ください。今までの執筆者たちはみんな、自分が書いた日本語の文章が活字になって、大変喜んでおります。載せてくださっている編集者の方々と、読んでくださっている皆様に、厚く御礼申し上げます。
…と、こんなふうに、卒業後は十人十色の展開を見せている学生たちですが、千里の道も一歩から。今回記事を書いてくれたカタさんとリッラさんについても、私にはひらがなを教えたときの記憶がまだ残っています。実は本題はここからで、現在、一生懸命がんばっている学生たちのサポートをしてくださる日本人ゲストを募集しています。
<1年生の授業> 毎週金曜日 9時半~10時半、 11時半~12時半、14時~15時 ・3つとも授業内容は同じで、来る学生たちが違います。 ・いくつの授業にご参加くださっても結構です。一つでも、三つでも。 ・3月25日(金)は学校の都合で休みになります。 ・ゲストに来ていただくのは今学期は4月29日(金)が最終です。 ・日本語を習い始めて1年未満の学生たちと一緒に、おしゃべりをしたり、グループで問題に取り組んだりしていただいています。学生たちはみんな多少緊張しながらも、嬉しそうにしゃべっています。
<3年生の授業> 毎週月曜日 14時半~16時 ・3月14日(月)と3月28日(月)は学校の都合で休みになります。 ・ゲストに来ていただくのは今学期は4月25日(月)が最終です。 ・その日によって授業内容が違い、いろいろな活動をしていただいています。例えば現在は、国際交流基金ブダペスト日本文化センターさんがブダペストのあるギャラリーと共同で行う予定のイベントに協力させていただき、日本の民話のハンガリー語訳と紙芝居づくりを行っています。来てくださるゲストの方々のおかげで、学生たちは本当に楽しそうです。
上記のどの授業も、ELTE人文学部(地下鉄2号線アストリア駅のすぐ近くにあるキャンパス)B棟の242号室で行っています。B棟の中には、教室までご案内する貼り紙が貼ってあります。事前のご連絡などは必要ありません。気分が乗った時にふらっと来ていただけたら嬉しいです。場所がわかるかどうかなど、何かご心配でしたら、お気軽にメールをください(これらの情報は2016年4月までのものです。来年度はまた予定が変わる可能性があります)。
ハンガリーでは、いくらがんばって日本語を勉強しても、実際に日本人とコミュニケーションをとる機会は少ないです。日本人の方がたくさん来てくださると、学生たちの目はとても生き生きします。 また、ハンガリー人学生のためにご自分のお時間を使って授業に来てくださる方々にはこちらとしてはもちろん感謝の念しかないわけですが、授業が終わってからは「意外に自分自身にとって勉強になった!おもしろかった」と言ってくださる方が多いということも、厚かましいことは承知の上で書き添えさせていただきます。冒頭の質問にも戻りますが、私たちは母語のことを知っているようで意外に知らないものです。それが面白くて10年も関わってきてしまった人間がここにいるので、本当です。
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