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縁これから、留学される方へ
リスト音楽院大学院チェロ科
橋本 専史


 

 今日は2015年3月24日です。あと3ヶ月で僕の留学生活は終わります。1年間パートタイム学生として、そして2年間大学院生として過ごした立場から、留学生活の感想、思い出を、今から書かせていただこうと思います。
 まず、留学はとても辛かったです。言語の壁、留学生としての立場。なにひとつ現地に住んでいる人より有利なことが無いわけです。書類ひとつ書く、読むのにも何時間もかかり、知り合いをつくるのにもとてもエネルギーが要ります。
 そこで鍛えられたのが、「恥をかくことを恐れない」ことです。今でもハンガリー語の語彙は非常に乏しいのですが、とにかく何か喋る、チャレンジする姿勢を維持する努力をしています。これが非常に辛いですし、他人から見るとかっこ悪いと思います。しかし、苦労した分得られるものがとてつもなく大きいことに味を占め、僕は今ではこのスリルを楽しんでいます。とはいえ、言語は直ぐに喋れたほうが絶対良いですから、これから留学される方には、日本で楽器の練習をすることよりも、言語の勉強を強くお薦めします。
 これは余談ですが、何かとてつもない面倒に挑戦した日の自分の目を鏡で見ると、瞳孔がガッと開いて、自分がまるで別人のように見えることがあります。その状態で人と会ったり、お酒を飲んだりすると、話がとても弾みますし、上手い酒が飲めます。
 逆に日中家に引きこもりダラダラした時の顔、これがとても酷くて、人と会えるような顔じゃ無いんです。僕はこのように自分の目を見て1日の生活を振り返っていました。そして実際、毎日充実した学生生活を送るのはとても難しかったです。
 次に、留学生活の思い出として僕が絶対にお話したいのが、講習会です。ハンガリーでの留学生活も濃いものですが、講習会には敵いません。留学中に僕はオーストリアでの夏季講習会、そしてドイツでのチェリストのための講習会に行きました。

 
 
 オーストリアでの講習会はISAと呼ばれるもので、ヨーロッパだけでなく世界中からオーディションで奨学金を得たハイレヴェルな学生だけが集まってきます。そこでは毎日のレッスン、毎日のコンサート、そして毎晩のパーティ。寝床も相部屋で、僕はイスラエル人ヴァイオリニストとブラジル人チェリストと3人で2週間共同生活をしました。部屋では演奏を聴き合って意見交換したり、留学先での悩みを打ち明けたりもしていました。
 ハンガリーに住み、勉強している僕には、僕自身の価値観とハンガリー人にたいする断片的な価値観しか無かったわけですが、ここでまた新しい価値観を沢山の学生と共有(という名のパーティ)することで今までの自分を見つめ直すことができました。1年近く前の講習会ですが、今でもその時の仲間と会ったり、メッセージのやりとりをしています。
 ドイツでの講習会は2015年3月初旬から1週間行ってきましたが、まず驚いたのがドイツ人の手際の良さです。ハンガリー首都ブダペストからドイツのデュッセルドルフまで飛行機で移動したあと、講習会の会場リンゲンまでは電車で乗換え1回2時間半かかります。いい加減な僕はどこで乗換えするのか調べていなかったのでチケット窓口に、「今からリンゲンまで行くのだけど、どこで乗換えするか分からないから、乗換え駅を教えて」と、半分くらい言いかけたその時です。窓口の方がA4紙にパパっと出発時刻から乗換え駅まで記した時刻表を印刷してこっちに寄越したのです。講習会に着く前の出来事でしたが、その時僕は感動しました。そして、この手際の良さは私たち日本人にも通じるものがあると思いましたし、日本人の手際の良さを失いかけている自分に危機感を抱くこともできました。
 現地の講習会では1日1回1時間のレッスンを5人もの先生から受講することができました。普通、講習会の最中は同じ先生に指導していただくスタイルだと思うのですが、この講習会は特別でした。1人の先生からのアドバイスでもこの先1年位かけて解析していくだろうに、5人の先生から5日間に頂いたアドバイスを、これから僕はどう処理していけばよいのか、分かりません。しかし、それが逆に嬉しくもあります。
 さらに、チェリストの為の講習会がゆえに、学生全員参加のチェロアンサンブルの場が用意され、僕もトップチェリストとして参加させていただくことができました。13歳から29歳迄の学生で、この講習会の為だけに編曲された作品を毎晩練習し、夜は学生と教師、講習会スタッフ入り乱れて酒を飲みながらビリヤード、卓球、テーブルフットボール、もうお祭り騒ぎでした。ここでもやはり、言語が達者だと楽しめます。
 あらためて3年間の留学生活を振り返ってみると、自分が幸せを感じる瞬間は、人と喋っている時が殆どだったと思います。留学生活は音楽を勉強する場ではありましたが、それ以上に外人との交わりから得たものが多かったのではないかと僕は思います。
 来月の卒業コンサートではリスト音楽院や講習会で勉強した曲を演奏します。成績がつくわけですから演奏のクォリティーも大事ですが、それ以上に僕の留学3年間の体験を体現することを第一に考えて準備をしていこうかと思います。
(はしもと・あつし)
 
 

Web editorial office in Donau 4 Seasons.