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今しかできないことを
松永 みなみ (リスト音楽院ピアノ科) |
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私は2008年9月より、ここハンガリーでピアノを学んでいます。気がつけばもうここでの生活も早3年目を迎えました。大学4年生の時に、当時師事していた先生からの薦めで、岐阜でのリスト音楽院マスターコースを受講したことが留学のきっかけでした。先生も、今の私と同じ年代の時にハンガリーに3年半留学していたこともあり、あちらの先生のレッスンは是非お薦めだから、という理由からでした。 |
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就職するのか、大学院にいくのか、それとも留学するのかという3つの選択肢でずっと悩んでいた私は、何かしらのきっかけになればという何気ない気持ちで留学選考会に挑戦することにしました。当時、就職試験に合格していたこともあり、岐阜での留学選考会に合格した時には、正直な気持ち「どうしよう、合格してしまった・・・」というのが一番にあり、すぐには留学を決断できませんでした。それから3カ月ほどたった時、現在師事しているナードル先生のレッスンを受ける機会がありました。私が大学に入った時から、毎年ナードル先生が来日されるたびにレッスンを受けており、その当時より先生の情熱的なレッスンが大変気に入っていました。 |
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そこで先生に「実は、リスト音楽院の留学試験に合格したのです」と伝えたところ、「僕のクラスに是非おいで。9月にまた会おう。待っているからね」と言ってくださいました。不思議と、先生の一言によって一瞬のうちに留学を決意することができ、そして家族や周りの人たちからも「今しかできないことを」と言われ最終的な決断にいたりました。 |
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しかし、いざ決断してみたものの、日本とのレッスンのペースの違いを先輩留学生から聞いていたこともあり、自分にこなせるのかという不安がありました。私が通っていた大学の試験は大きいもの、小さいものを含めて年4回、当時の私は、その試験ために曲を練習して本番にのぞむ、という単純計算しても年4曲にしか取り組んでいませんでした。しかし、ここでのレッスンはそういうわけにはいきません。2、3回のレッスンで1曲を仕上げるペースなのです。譜読みの遅い私にとって、このペースはとっても過酷でした。しかし人間、どんな状況にも慣れることができるものなのです!1年目はとにかく曲をこなすのに必死で、自分が解決しなければならない問題点や課題について考える余裕が1ミリもなく、ただ曲をこなしていただけだったのに対し、2年目になると、だんだん要領もわかってきたのか、いろんなことを考える余裕ができ、こう弾きたい、こういう音を出したいと思えるようになってきました。 |
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ここハンガリーではたくさんの音楽に触れる機会が多いこともその理由のひとつだと思います。というのも、私の地元ではプロのコンサートへ行こうと思うと、最低でもチケットは2500円。ですが、ここハンガリーでは学校内でのコンサートには無料で入れますし、(残念ながら現在は改装中のため学校でのコンサートはありませんが・・・)、ムパでのコンサートは学生300フォリントで聴くことができます。1年目、2年目は無料で入れる学校へのコンサートへ、ほぼ毎日のように足を運びました。そして、日本ではテレビでしか見たことがなかったオペラにも月2、3回の割合で通いました。いろいろな種類の音楽、ピアノ以外の楽器のコンサートを聴くことにより、自分の耳もこえて、結果的に「こう弾きたい」というところへつながってきたのだと思います。3年目の今は、いろいろなことを考えることができるようになった分、自分への課題も次から次へと生まれてきます。課題が見えなくなったとき、その時はピアニストとしての私が終わるときなのだと思います。将来、自分の人生を振り返ることがあった時、ここでの留学生活は時間的にみるとほんの一瞬でしかないと思いますが、内容的には最も濃い日々を送ったと胸を張って言えるように、残り少ない留学生活を、精一杯がんばりたいと思います。 |
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