Topに戻る
 

 
 
 
     
 
 
 

マエストロ小林がハンガリー人に愛され続ける理由
桑名 一恵


 ハンガリーの国民の多くが、一人の日本人を数か月前から日を数えながら彼の登場を毎回待っています。彼の公演日が近づくにつれて、まだかまだかと指折り数える程、愛おしく思える外国人がいるなんて驚きでしかありません。共演するオーケストラもまた、彼との初リハーサル日に向けて念入りな準備をして待ちわびていて、公演が決まったその日から彼と共演できる事を親戚一同に自慢げに話し、それを聴いた人々もまた、まだ公演があったわけでもないのに、すでに誇りに満ち溢れ食卓はその話題でもちきりになることも多いです。「異常現象」と言っても過言ではない位、外国人でありながら、これ程までに愛され続けている人は他にいないでしょう。
 私自身も実生活で国民の反応を体験する事も多く、市場へ買い物に行った時に野菜を売っている男性が「君は日本人かい?知ってる、Kobajasi Kenicsiró(ハンガリー語表記)って。彼が今度ハンガリーにまた来るんだ。嬉しいよね、もうワクワクするよ」と。
 もちろん、彼は私のことを知らないし、私が説明する必要もないのですが、音楽関係者として日本人在住者として興味があり、「私は日本人だけど、なぜその名前を知っているの。音楽が好きなんですか」と聞いたと
ころ、「いやいやコンサートに足を向けることはできないけど、僕くらいの年代は、どんな職業の人でも彼のことは知っているし、彼が来るのを楽しみにしている人が多い。ニュースや新聞などで記事が出てると自然と
目がそこに行ってしまうくらい身近な存在なんだよ。彼を見ていると熱くなれるし前を向いてもっと明るい人生を送らなきゃって思うんだ。ぼくは彼に何かしようとしても新鮮な野菜しか届けられないけどね(笑)」。
 幾度もこのような会話を様々なハンガリー人と交わしてきました。音楽関係だけでなくパン屋さん、自動車の修理屋さん、電車のチケットセンターの方々や国内旅行の最中に出会った人々。どこへ行ってもここハンガリーでは、Kobajasi Kenicsiróという一人の日本人指揮者の名前をフルネームで教えてくれます。ハンガリーの指揮者コンクールで優勝してから40周年という長い月日が経った今日でも、小林 研一郎氏がこの国でKenicsiróと言う愛称で愛され続けている理由を、改めて考えさせられました。
 今年のコンサートでは、ある本番のリハーサルを見学させて頂きました。オーケストラの背後から指揮者を正面に見て、じっと座ってマエストロのリハーサルを聴かせて頂くのは初めてです。普段はリハーサル開始直前まで出入りの多いオーケストラメンバーも、全員ステージ上にスタンバイし、個々が念入りにウォーミングアップをして待っていました。いつもよりすでに緊張感が漂い、それだけ共演を待ちわび、今から冒険にでも行くのかという高揚感でステージが高まっていました。指揮者登場の瞬間、団員は待ちわびていた笑顔とこれから始まるドラマへの期待感・そしてマエストロへの敬意を表するかのように拍手喝さいが起こりました。マエストロもそれに対し答えるかのようにハンガリー語で挨拶し、これから本番までの間お互いが共感しあい、良いものを共に作り上げて行きましょうとエールを交わしていたように見えました。
 指揮棒が上がると同時にメンバーの目の色、周りの空気も一変し、物語の1ページ目が描かれ始めました。リハ―サルが進むにつれて互いの距離感も縮まり、マエストロのタクトとオーケストラのサウンドが混ざり動き始めてストーリー性を増していきました。オーケストラが奏でるサウンドを見事に転換させていく指揮や感性に魅了され、その世界に引き寄せられて行きました。
 とくに印象に残ったのは、マエストロが時折目を閉じて手を胸に当てて少し顔を上げるとき、楽譜に書かれている音一つ一つの存在そのものに感謝そして祈りを込めているようにも見え、作曲家に対する敬意であると感じましたが、本当に穏やかで優しい表情でした。
 優れた指揮者は世界中に多く存在すると思います。小林氏は「炎のコバケン」と評されるように、エネルギッシュでダイナミックな印象が強いのですが、リハーサルを聴かせていただくと、エネルギッシュという印象とは正反対の清らかで優しさを肌で感じ、鳥肌が立つほどの驚きを隠せませんでした。音の方向性やサウンド作りに気を配り、音が消えた後の消音(いわいる余韻)に至るまで、言葉では表現尽くせない空間づくりの匠とも言えるべき瞬間を感じる事ができる指揮者とは、なかなか出会うことがありません。これこそが本来のマエストロなのではないかと感じ、私にとって更に知りたくなる存在になりました。
 本番はどの公演もチケット即完売になるほどの人気ぶりで、各会場は超満員です。ステージに現れた瞬間は大喝采の拍手と指笛や黄色い声援もあちこちで飛び交うくらいの歓迎です。皆さん、この時を待っていたんだと実感できる瞬間です。私はフロアー全体が見渡せる場所から本番を聴いていましたが、観客の皆さんが幸せそうな表情で聴かれているのを観察できました。クラシックコンサートのプログラムは決して軽い音楽ではありませんが、会場は終演まで、家族が故郷に帰ってきたかのような感覚と幸せな時間の共有しているのが分かります。そして、今回はどんなストーリーを披露してくれるのかという期待感で会場全体が盛り上がる様子を肌で感じることができます。マエストロ自身も、帰郷したような安心感で、待ちわびてくれていた聴衆に幾度
と感謝の意を評しているように感じました。
 40年という長い年月で確立してきたマエストロの音楽への情熱と愛情、この国に対する特別な思いと感謝が、40年変わらず、聴衆との関係を繋げているのだと改めて感じました。これから先も、マエストロとハンガリーは、さらに深く長い関係を持ち続けていくことを期待します。私自身もハンガリーの方々と共存し、よい関係を結んでいけるように精進していきたいと思います。
(くわな・かずえ Propart Hungary Bt.代表)
 
 

Web editorial office in Donau 4 Seasons.