しかし、マエストロ小林、ロンドン・フィルハーモニー、アビーロードスタジオ、そして一流エンジニアによる最高のレコーディングには、流石に現存したピアノはふさわしくないと判断せざるを得ませんでした。翌日、スタインウェイ社のサポートのおかげでなんとか無事新しい楽器がスタジオに持ち込まれました。
スケジュールが大きく変更になってしまいリハーサル時間もなく、そのまま本番レコーディングがはじまりました。チャイコフスキー・ピアノ協奏曲第一番。ロンドン・フィルの音はダイナミックかつ繊細で、心に響く素晴らしいものでした。マエストロのエネルギッシュな指揮に負けない位、団員一人一人が凄い集中力で演奏をはじめました。スタジオ内には今までに感じたことのない、なにか特別な空気が流れていました。その心地よい世界にまるで包み込まれるかのように、自分はただピアノに向かって一音一音弾いていました。
マエストロとはこれまでも何度かチャイコフスキーの協奏曲でご一緒させていただく機会をいただいていましたが、今回のレコーディングではなにか魔法をかけてくださったのでしょうか、周りも、自分もある種の無の精神状態に引き込まれていくような、とても不思議な感覚でした。その時の事を思い出そうとしても、なぜかほとんど記憶が残っていません。
全体的にミスや問題点が少なく、演奏とレコーディングはあっというまに終わりました。マエストロの情熱、そして目に見えない特別な力。奏者全員が一体となるとはこういう事なのかと思わせてくれました。一生忘れることの出来ない素晴らしい体験になりました。
その後CDはオクタヴィアレコードの高音質レーベル、エクストン・ラボラトリー・ゴールドラインより発売されました。ロンドンでのおもいでのレコーディング、皆様にも是非お聴きいただきたいです。
今年の6月、久しぶりにハンガリー国立フィルハーモニー管弦楽団が来日します。今回ソリストの一人として、東京サントリーホール等の公演にてリストのピアノ協奏曲第1番を演奏させていただきます。プログラムの指揮者はマエストロ・コチシュ・ゾルターン。皆様もご存知の通り、もともとはハンガリーを代表する素晴らしいピアニストです。実は幼い頃、僕はハンガリーの祖母からプレゼントされたコチシュ演奏バルトーク「子供のために」のCDに感激し、その影響を受けてピアニストを目指すようになりました。そんな憧れのマエストロとの夢の初共演、今から本当に楽しみです。日本の舞台とはいえ、自分はおそらく無意識にもハンガリー人となり、ドラマチックで熱いリストが弾けるような気がします。その頃日本いらっしゃる方々は、こちらも是非お見逃し無く。
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