Topに戻る
 

 
 
 
     
 
 
 

明治期におけるハンガリー人による日本語文典・会話集
Albeker András


   ハンガリーにおける日本語教育の歴史について幾つかの論文があるが、第一次世界大戦以前にどういう風に日本語学習が行われたかについてはあまり言及されていない。そのため、以下で19世紀末・20世紀初頭の三つの資料を簡単に紹介したいと思う。

1. Szemere Attila(漢字名:世明礼)の『日本文典』、1883年
 Szemereは新聞記者・政治家・美術品収集家であり、ハンガリーにおける日本学の先駆者の一人である。1883年の半ばから1884年の初めまで横浜で7ヶ月を過ごした。帰国後、日本文化を紹介する新聞記事を著述し、講演会を開いたが、日本に関する本は執筆しなかった。彼の遺品にあるノート類に未完成の『日本文典』(Grammaire Japonaise)の草稿がある。此れは約33ページにわたるもので、主としてフランス語で書かれている。内容は動詞の活用形、説明、例文、単語リスト、会話文である。表記はローマ字であるが、漢数字と伊呂波順のひらがな・カタカナの一覧も示されている。
 草稿はMiskolc市のHerman Ottó Múzeumに保管されている。

文章例
 【】内は筆者による漢字仮名表記。文によっては、読みやすさを考慮してスペースを挿入した。
Fransu ga Doyitsu ni mukatte ikusa o-shita 【フランスがドイツに向かって戦をした】
Ashita no asa roku dji ni oko shite kudasai  【明日の朝6時に起こしてください】
W. ga Biyoki de aru           【私が病気である】

2. Komor Siegfriedの 独和単語集、1894 年(?)
 極東で活躍していた美術商Kuhn & Komor商会のKomor Siegfriedが編纂したドイツ語日本語対訳単語・会話集。序文によると、東京方言(Tokyo Dialect)が採用されているが、巻末にサランパン・シンダンジなどと言った横浜言葉の一覧表も載せられている。
漢字仮名を用いず、ローマ字で表記されているが、その転写法にtsch、schなどのようなドイツ語の綴り方が見受けられる。成立・出版回数に関して不明な点があるが、恐らくイタリア人のFarsariの英和単語集に基づいていると考えられる。
 尚、この冊子にはホテル、仕立屋、床屋等の広告も沢山掲載されており、当時の外国人向けのサービスの様子が窺える。

会話文の例
Mo skuschi yassku schte okure 【もう少し安くしておくれ】
Hakone mada(ママ) mitschi-morin(ママ)ga ika hodo arimasska? 【箱根迄 道のりが いか程ありますか】
wataschi taksan schimpai 【私 沢山 心配】

3. Akantisz Viktorの日本語文法・会話集、1905年(?)
 1905年(1906年とする資料もある)にRozsnyai社が外国語速習シリーズの一冊として日本語の文法書・会話集を出版した。筆者が確認した範囲では、これはハンガリー語で書かれた初めての日本語の教科書である。この書籍は64ページで、その内容は文法篇・会話篇・辞書篇・文字篇のように4つの部分に分けることが出来る。文字篇の一部を除き、全篇がローマ字で書かれている。又、会話篇にはドイツ語訳が併記されている。
 著者はAkantisz Viktorで、彼はこの『日本語速習』を執筆する際、ドイツの言語学者August Seidelの著述した『実用的日本文典』、『日本口語文典』、『日本文語文典』、『日本口語体系的辞書』を参照したと考えられる。このように『日本語速習』は主としてドイツ人向けの学習書に基づいて作成されたが、ハンガリー語話者を対象にしたため、音声のみならず、文法の説明にもハンガリー語と対照させている部分がある。

 上記の資料紹介に付け加えて述べると、1895年からKolozsvár(現在ルーマニア)大学のウラル・アルタイ学科でも日本語の授業が行われたが、これに関しては未詳な点がある。今後新しい資料の発見が期待される。

参考文献:
Albeker András (2011) 「ロジュニャイ『日本語速習』の著者と出典について」『国文学論叢』 第26号 23-38頁
Senga Toru (1994) Bálint Gábor, Pröhle Vilmos és a japán-magyar nyelvhasonlítás története.  Magyar Nyelv, 2号 200-207頁
Wintermantel Péter (1999) Szemere Attila hagyatékának orientalisztikai vonatkozású anyagai. Hermann Ottó Múzeum évkönyve XXXVIII 793-814頁

資料:
Grammaire Japonaise 日本文典 HOM HTD 73.503.35
S. Komor: Hand-Buechlein japanischer Worte und Phrasen. Dai-Butsu, Curio Grand Depot.
Rozsnyai gyors nyelvmesterei. Bármely nyelv alapos elsajátítására tanító nélkül. Japán. Gyakorlati japán-magyar-német beszélgetésekkel, hét eredeti japán–írástáblával, a kiejtés pontos feltüntetésével.

(アルベケル・アンドラーシュ)
 
 

Web editorial office in Donau 4 Seasons.