自転車乗りの環境
ブダペスト滞在時に楽しんだサイクリングについては、本誌2011年春季号に掲載していただいたが、2011年3月末に東京に戻ってきてからもサイクリングは続けている。ブダペストに日本から持ち込んだロードレーサーを船便で送り返し、週末に早起きする気力が残っていれば、多摩川沿いを50キロ以上走ってくる。多摩川への途中、交通量の多い甲州街道を走らなければならず、時折、いらいらしているドライバーに幅寄せされるなど怖い思いもすることもある(このような経験は欧州ではまずない)。
帰国して感じたことは、子供連れ運転の可能なママチャリの電動アシスト化が進んだこと、またロードレーサーやクロスバイクなど異なるタイプの自転車をカラフルな服装で乗りこなす男女が増えたことだ。市民の自転車への関心は着実に高まってきており、これまでのジロ・デ・イタリアやツール・ド・フランスなどの自転車レースやハードウェアとして最新の自転車を紹介するような趣味性の高い専門雑誌に加え、自転車ファッションや自転車で立ち寄れるカフェ、東京のような都市部の狭い住宅環境で自転車と暮らすアイデアを紹介するなど、日々のライフスタイルに自転車を上手に取り込むための情報発信を売り物にする雑誌類が書店で目に並ぶようになった。さらに、交通安全の面でも、自転車保険にコンビニで加入できるようになり、また自転車専用道路の導入が検討されるなど、歩行者と同類で語られてきた自転車を車両としてとらえる空気が徐々にではあるが生まれてきている。まだまだ紆余曲折はあると思うが、逆走や歩道での暴走のない「大人の」自転車社会の早期実現に期待したい。
自転車のものづくり
ものづくりの面では、東京サイクルデザイン専門学校という、国内では初めて自転車作りを学ぶ専門学校が2012年に都心・渋谷に開校した。
現在ロードレーサーのフレーム材質の主流は、製造技術の進歩により、長らく主役の座にあった鉄から、アルミやより軽量なカーボンに移行している。その世界的な流れに乗ることのできたメーカーは、資本や技術を持つイタリアや米国、さらに中国市場で成功し、欧米ブランドのOEM生産を経て急速に成長した台湾のブランドだ。ママチャリなど主に国内市場向け自転車を製造してきた日本の自転車業界は、安い製品が中国などから輸入されるようになった結果、残念ながら「ひん死状態」と言われている(台湾ブランドの成功と日本業界の状況についは、『銀輪の巨人』(野島剛、東洋経済新報社2012年が参考になる)。
日本では、昭和の時代に鉄フレームを溶接してつなぎ合わせ自転車を自らの手で作り上げてきた自転車職人の店が、ユーザーの求める軽量の新素材の導入に対応できず、また後継者不足で次々と店を閉めてきた(私のロードレーサーの製作者も御年70を超えており、いつまでも活躍いただきたいが、後継者はおらずブランドの維持は困難だ)。国内にもわずかであるが鉄製フレームづくりで、海外から一定の評価を得ている職人の店がある。今回開校した専門学校などで学んだ若い力が製造の現場に入り込み、低迷する国内の業界に新風を吹き込み、世界に通用するブランド車を誕生させてもらいたいものだ。 |