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マ グロと目が合った
町野 憲善

 
 クロアチ アの海岸線を旅すると、遊漁船の看板を良く見ることがある。マグロが如何にも簡単に釣れるような内容であり、写真であった。いつかチャンスがあれば、一度 はクロアチアでTVのマグロ釣り名人、松方弘樹と同じ気分に浸りたいと、実現性は限りなく少ないと思いつつ、微かな希望を抱いていた。
  私は元来、魚釣りが好きで、浜名湖の湖内を9.9馬力のマイボートで、小魚を中心に毎年、春先から秋まで釣りを楽しんでいた。私は釣り好きではあるが、釣 れない魚は狙いたくない。釣に行ったら、少なくとも10匹は釣れる魚しか狙わない。何回もトライしても、3回に1度ぐらいしか釣れないような難しい高級魚 は嫌いだ。いわし、さば、キス、はぜ等のように、必ず、釣果のある釣りが好きである。要は本格的な釣師ではなく、ファミリー釣師(これを釣師といえるか疑 問だが)。

 昨年はマス釣りにとスロベニアに誘われたが、予定がつかず、諦めた。その時は爆釣とのことで、誠に残念な思 いをした。
 本年、3月末に5月の連休中にクロアチア(ロヴィニ)でマグロ釣りの話が持ち上がった。マグロはめったに釣れる魚ではなく、私の釣り哲学から外れた難し い高級魚であり、どうするか悩んだ結果、坊主では帰さないとの船長の話を信じてマグロ釣りを目指す、無謀ともいえるグループの仲間入りをすることになっ た。
  まあ、ルーマニアのブラン城観光の帰り道であるから、寄り道すれば丁度良い勝手に思い込んだ。(しかし、この理解は全くの間違いで、方向音痴の極み。実際 はブラン城から1泊2日でなんとブダペスト経由で、クロアチアのロヴィニが最短時間と気が付いた時は既に遅かった。)

 
 
 5月2日 夕刻、ロヴィニに到着、合流した4名(家内を含む)は、前夜祭として、港近辺の魚レストランでマグロステーキとソーヴィニヨンブランで気勢を上げた。予約 した部屋はもちろんキッチン付で、そこで、刺身と煮魚料理が出来るように調味料、まな板、出刃包丁、刺身包丁を持参。予約段階で情報交換した船長からはマ グロはキャッチ&リリースがルールとのこと。
  その他の、外道は持ち帰り可能とあった。キャッチ&リリースとは半信半疑であった。釣りは8時間コースと12時間コースが選択できる。当日は宿泊するため 時間に余裕があり、12時間コースを決める。
  5月3日(木)、朝8時過ぎに釣船に手ぶらで乗り込む。(食事、飲み物、釣りえさ、道具は料金に込み)。30フィート強のボートだが、余り外観はカッコが 良くない。無骨な漁師船とプレジャーボートの中間的外観であるが、安全性は高そう。乗り込み時に驚いたのは撒き餌に使う、小いわしを40kgほど持ち込ん でいたこと。これを見て、本当にこれからマグロを狙うのだと身震いした(マグロ釣りの予備知識は全く無いが、直感)。
  40フィート以上の大型外洋ヨット、超高級クルーザーの間を縫って港を出る。1時間ほどで、先ずは腕試しに持ち帰り用の雑魚釣りに励む。水深40m、仕掛 けはサビキ(クロアチアでも、サビキの名前が生きている)か、イカを餌の底釣り。魚探で狙った場所に船を留めて釣る。底は砂地で涌き水となっているのか、 時々気泡が上がってくる。船長の声でラインを下す。即、アマダイのような、ピンクのタイ系が次々と上がってくる。入れ食い状態。鯖、アジ、イワシの青さか なを希望するが、全く釣れず。船長も竿を出すが、アマダイもどきだけ。大小、混ぜて、100匹ほど釣れたので昼食、ペンネにビール。
  昼食後、本命のマグロ狙いで場所を変える。更に30分ほど沖合いにでる。これと見据えた、マグロの道に持ち込んだイワシを微速前進で、撒き餌してゆく。撒 く量が持ち込んだ量に比較し、少なすぎるのではと心配した。ループ状に撒き終えたらアンカーを打ち、マグロ用の大型リールを船首からおもむろに4セット持 ち出した。いよいよ、マグロ釣りだ。TVで見るような、極太の竿。黄金色に光る超大型リール(イタリア製、2000ユーロ/セット)が燦然と輝く。船長が 使った仕掛けは風船をうき代わりとした、浮かせ釣り。餌はイワシ。本来であれば、昼食前にサビキで釣れている、生きイワシが使われるはずであった。しか し、イワシは1匹しか釣れていなかった。船長が竿を出した訳がここで解った。もっと生餌用のイワシが欲しかったのだ。本来、イワシぐらい何処でもつれる、 浜名湖でも直ぐ釣れる。なぜ、生餌のイワシが欲しければ、場所を変えなかったか。不信感一杯。前途不安。
  なにやら、船長と、アシスタントがガサガサ探し物をしている。船長が言った言葉は、「家にイワシの鼻に刺すハナカンを忘れた」と。そこで、貴重な一匹のイ ワシ鼻にド太いマグロ針を直接差し込む、無残にイワシの鼻は折れ、崩れる。当たり前ではないか、太さ3mmほどのマグロ針をイワシの鼻に直接差し込む神経 が解らない。釣師は繊細で用心深く、時には大胆で、魚の心を読める。この船長の技量と人間性を疑う。こんなテイタラクな船長の下でマグロが釣れるはずがな い。これでよく長年マグロで食っていけたものだ。まだ、30歳台後半の男だが、情けない。しかし、船長は動ぜず、もくもくと撒き餌用のイワシの頭と尾を取 り、針に二匹掛けした。
  4本の竿のラインに浮き下をそれぞれ4段階に変えて、風船(夜店で売っているもの)を輪ゴムで留めていく。4本出し終えたところで、船長はマグロが釣れた ときの体の使い方を教えると言う。少なくとも釣りを経験している者にそんなことは必要ないと思ったが、船尾にセットされているファイト用の足掛け付のステ ンレス椅子は只者ではない。先ず船長は言う。「マグロは腕と背中で釣るのではない。太ももで釣る」。
  何のコッチャ。船長は模範演技をする。先ず、ステンレスシートの座面上に特製の座布団を敷く。その座布団の後ろ半分には30cmほどの高さの硬い柵が取り 巻いている。船長はどっかりと座布団に座りリールを持つ、その座布団から出ている紐の先端のフックを大型リールの両端に掛ける。これで座布団とリールと竿 は一体となる。
  それからラインの巻き上げ方である。先ず、竿の角度は変えず、ラインを巻き上げながら、椅子の上を、座布団ごと尻を前方に滑らせる。そのため両足は曲がっ た状態となる。滑らせたら、曲げた両足を突っ張って伸ばす。必然的に、尻は座布団ごと後ろに滑って移動する。また同じ動作をする。こうして、腕と背筋を使 わずにマグロを仕留めるのである。太ももの方が、背筋より耐久性があり、強靭である。納得。
  4名がそれぞれ実習を終えたら、船長は曰く。誰が最初に釣るのか?釣る順番は?竿は4本ある。それぞれの竿に各自の名前をつける、アミダで順番を決める? アミダに強そうな若者がアミダで行きましょう。よしそれで行こう。ラッキーにも私が一番くじ。後はマグロが掛かるまで、寝て待とう。左舷に設置してある、 自動撒き餌機がセットされたタイマーに従って、イワシをミンチにして海に定期的に自動落下させている。その規則的なグー音が耳に心地良い。
  ペンネとビールのお陰で、1時間ほど寝たと思う。いきなり、右舷後方の竿のリールがけたたましく鳴り、金属音が響く、ラインが物凄い勢いで伸びている。船 長が大声で、アシスタントに残りの3セットのリールを仕舞うように怒鳴っている。
  船長は落ち着いていた、「来た来た来た」と満面の笑みである。我々はボケッと、その動作を見ていた。マグロが付いているはずの1セットだけになった後、船 長は「誰がファイトするのだ?」。思わず、手を上げた。先ず、ステンレス大型チェアの座布団の上に座る。船長のアドバイスに従い、座布団から出ている2本 のフックを大型リールの左右に掛ける。これで、足を突っ張っていないかぎり、竿と座布団ごと、海に引き込まれる。まだ竿はたせてくれない。リールはまだド ラッグの空転の音がしてラインは出ている。船長から竿を受け取り、そのリールの左側にあるハンドルを握り、右手は竿とリールを結合してある、金属ロッドに 置く。船長は準備できたかと聞く。OKと頷く。船長は徐々にリールのドラックを締め込み、ラインを出方を押さえていく。その反動で竿が海に持っていかれ る。ある程度締めこんだところで巻き上げろの合図。その時、ラインは300mほど出ていた。
  事前の練習のごとく太ももを使った巻き上げを試みるが、上手くいかない。5〜6回ほど続けるうちに要領を得た。船長はその調子とおだてる。地球を釣ったか の様な手ごたえの無さ。ただ重いだけ、ラインの先端に何かが居て、もがいている感じはない。それでもゆっくり、確実にラインを巻き上げる。その途端、ド ラッグがけたたましく鳴りラインが出て行く。この繰り返しである。10分ほどすると、ラインの先端に生き物がいる手ごたえが伝わってきた。20分ほどする と、ラインは左右に大きく振り始めた。もがいている。ラインは残り、100mほど。ここからの感触、手ごたえが釣の醍醐味である。
  小さい魚であれば、細い繊細な竿で、敏感な感触を味わい、大型魚は無骨なただ頑丈な竿で力の感触を味わう。24分ほどすると海中に白いものが見え隠れする ようになる。どうもマグロらしい。あと一歩だ。船長は操船中のアシスタントに、マグロが船底に潜り込まれないように細かく、船尾の位置を指示する。白く、 銀色に光り輝いた腹が見えるようになった。綺麗だ、まさしく本マグロである。背中の黒と腹の白さが、何ともいえない美しさ。更にアドリア海の青さ。船長は ゲームであれば、10mまで引き上げた段階で釣果にカウントされる。「ラインを切るか?」。私はリリースするとしても、船腹にマグロを横付けさせるまで、 頑張ると伝える。その段階で、船長は黒マグロの重量は70〜80kgと目算。
  慎重に右舷後部にマグロを横付け、頭が水面から出た瞬間、マグロの左目と目が合った。何とも言えない一瞬である。マグロは力つきていた。少し悲しいよう な、涼しげな丸い目をしていた。左の口元から針が覗いていた。一瞬のうちに、船長がラインを針の所で切断した。黒マグロは疲れのためか漂い、そのまま斜め に船首の方向にスーと姿を消した。終わった。どっと疲れが出て、気だるさを感じた。ファイト時間25分。

 最後にキャッチ&リリースの理由。黒マグロは地中海、アドリア海等の海域で資源保護のため、漁獲割り当て制 となっている。周辺国がそれぞれの割り当て高をもっている。クロアチアはその分を総て、漁業関係者に配分してあるため、遊魚船には割り当てが無い。だか ら、リリース。秋までに割り当てを満たせない量があれば、遊漁船にも割り当てを貰える。

(まちの・のりよし マジャールスズキ)
 
 

Web editorial office in Donau 4 Seasons.