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柔よく剛を制す− 「なでしこジャパン」の快挙 −
盛田 常夫

 

 予選リーグを勝ち上がる程度の力はあるとは思っていたが、まさかベストフォーに進出し、決勝まで進むとは誰も予想していなかっただろう。その決勝戦で勝 負がついたと思われた終盤に追いつき、延長でも残り三分で再び追いついた。こんなドラマはめったに見られない。相手のショックの大きさが思いやられる。 PK戦に臨むアメリカの選手は皆緊張の面持ちで、最後の最後で失点したショックを引きずっていた。それがPKを外したり、止められたりした大きな要因だ。 勝負事は追いついた者の方が気持の上で有利になる。儲けものと笑顔でPK戦に臨んだ日本の選手とは好対照だった。
私が観戦したのは決勝トーナメントから。3試合すべてを見たが、驚いたのは準決勝のスウェーデン戦。立ち上がりの不用意な横パスから簡単に得点を許すとい うミスはあったが、それ以外は完勝だった。いつかは必ず点が入ると確信できるほど、ボールを支配し得点機を作っていた。この試合は多分、今大会における日 本チームの最高のゲームだっただろう。とにかく細かなパスが途切れない。足許にしっかりとボールを収め、相手が取りに来る前にパスする。スウェーデンの選 手はすぐにボールを奪われ、奪おうとすると簡単にかわされるので苛立ち焦り、プレーが雑になった。まさに「壺にはまる」とはこのことだ。ゆっくり球を回し て相手をじらしながら、チャンスになるとパスのスピードを上げて一挙にサイドにボールを配給する。後半には日本のボール回しについていけず、疲れも重なっ てスウェーデンの守備陣はばたばたしていた。ハンガリーのコメンテーターは、「日本チームはブラジルのようだ」と感心していた。バルサのパスサッカーにも 擬えられたが、それほどまでに日本の技量が際立った試合だった。
これほど意思が統一され、各選手が高い技量をもっているとは驚きだ。身体能力の高い欧米の選手相手には、技量に加えて相手に走り勝つスタミナが勝負を分け る。先行されても慌てず、最後まで勝負を諦めないチームを作った佐々木則夫監督の手腕が高く評価されるべきだ。「なでしこジャパン」をすぐに官邸に招いた 菅首相は澤選手に統制術を学びたいと言っていたようだが、ここでも人を見る目のない節穴を暴露した。表舞台で活躍する選手ではなく、選手をやる気にさせる 佐々木監督の手腕を見習う必要があるのだが、それが分からないから人を束ねることができない。
正直言って、決勝リーグの第一戦ドイツ戦で日本チームは敗退すると思っていた。相手は開催国でW杯三連覇を狙うドイツ、しかも今まで勝ったことのない相手 だ。案の定、ドイツが仕掛け、日本が守るという構図になった。日本チームは獅子奮迅の動きでドイツのチャンスをことごとく潰した。日本チームは相手が前が かりになると、後方でボールをゆっくり回して、相手の勢いを押さえる戦術をとる。このペースに嵌まると、相手は空回りし出す。いくらチャンスを作っても得 点に結びつかない。開催国として絶対に負けられないという焦りが、次第に攻撃を雑にさせた。とはいえ、日本がゴールを奪う気配はまったく感じられなかっ た。予選リーグと違って、決勝トーナメントはゴールを入れなければ次に進めない。PK戦になるかと思われた最後の時間帯に、相手の裏に入る澤の一本のパス で丸山が抜け出し、ほとんど角度のないところからゴールを決めた。途中出場だからこそ、延長後半でも走り負けせず、ボールを力強く蹴ることができた。澤の 戦術感や技量は褒められるべきだが、佐々木監督の選手起用の手腕を見逃せない。
いくらチームに勢いがあっても、実力に大きな違いがあれば、自から勝負は決まる。アメリカの女子サッカー人口は世界最大。代表チームは大きなサッカー人口 の底辺で支えられたエリートたちだ。ドイツ以上に身体能力が高く、スピードがある。体の大きさから言えば、日本の男子チームと変わらない。誰も公言しな かったが、ほとんどのサッカー関係者はアメリカの優勝を予想していただろう。
案の定、試合開始からアメリカはエンジン全開で突進して、日本は防戦一方になった。最初の10分間に少なくともアメリカに3度の決定機があった。ここで日 本が失点していたら、大敗しただろう。しかし、日本には運があった。ほんの少しのズレが、日本を救った。そして、10分過ぎから日本が後方でのボール回し を始めた。ボールを落ち着かせ、相手の気負いを削ぐ。強豪相手にはこうやってペースを引き寄せる。さすがにアメリカ相手ではスウェーデンのようにパスで圧 倒することはできないが、次第にボールをもつ時間帯が増え、前半は五分のボール支配率に戻した。
しかし、後半に入っても何度も決定機を与え、ついには一瞬のカウンターの速攻を受け、パス一本でゴールを決められてしまった。後半24分である。日本にほ とんどチャンスがなかったから、誰もがこれで勝負は決まったと思った。ユーロスポーツのコメンテーターもアメリカの優勝を語りはじめていた矢先、右サイド から日本のセンタリングが入り、アメリカのDF2人が慌ててミスキックをしたこぼれ球を宮間が押し込んで同点にした。残り10分である。これで俄然、ゲー ムがエキサイトし出した。泥臭く押し込んだゴールには勝負に賭ける執念がこもっていた。
ところが再び、延長前半の終了間際、アメリカのエース、ワンバックに強烈なヘディングを決められた。「日本善戦も万事休す」というニュースの見出しが頭に 浮かんだ。延長後半もアメリカに押し込まれ、もうこれでお仕舞いと思った終了3分前、左コーナーキックを澤が絶妙な角度から合わせ、またしても同点に追い ついたのだ。神がかり的な同点劇だ。キック力が劣る日本にはPK戦の勝ち目はないと思っていたが、同点のショックを引きずったアメリカの選手たちが異常に ナーヴァスになり、PKをことごとく失敗してくれた。勝負の綾を教えてくれたゲームだった。
改めて、身体能力の劣る日本人が世界で勝つための基本を教えられたような気がする。柔よく剛を制す。優れた戦術観、基本的な技量、圧倒的な運動量があれ ば、個々の選手の力が実力的に劣っていても、チームとして個の総和以上の力を発揮できる。そのことを教えてくれた女子W杯だった。

(もりた つねお)
 
 

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