目の前にある写真の中のラツィ(ラスローの愛称)は、しゃれた赤い縞柄のパジャマ姿。気取って胸元に手を入
れ、口元をほころばせている。寄り添いベッドに腰掛けているのは妻のマリアンナ。セント・ヤーノシュ病院の一室である。ちなみに、この病院の入り口右手に
あるセント・ヤーノシュ像もマートンの作品である。
私たちが彼に会ったのは、これが最後となった。彼が亡くなる2カ月ほど前の8月11日のことである。2年ぶ
りにブタペストを訪問した私たちであった。病室の壁面は高さ半分くらいまで水色のタイル張りで、まるで大きなお風呂場のようで寒い季節だったらつらかろう
と思われる。食事の盆がおいてあったが、丸パン一つ、ミニトマト一つ、薄いソーセージ2枚と牛乳のミニパックだけで、マリアンナは毎日2回自宅から食事を
運ぶとのことであった。痛み止めを飲んでいるから大丈夫と、しばしゆっくりとした時間であった。ラツィは半年ほどの闘病でやせてはいたが顔色もよく、全身
が癌に冒されていて、もう手の施しようがないと聞いていたのが嘘のようであった。
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