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みどりの丘補習校

 

九年間を振り返って
望月 海央

 僕はこの補習校に9年間も通いました。とても沢山の思い出が残っています。九年間といえば長い様ですが、あっという間に過ぎ去ったと実感しています。そして、一瞬に過ぎ去った九年間ではありましたが、僕は毎週土曜日に補習校に来るのがとても嫌でした。なぜかというと、平日通っている学校の友達は土曜日の朝から休むことができます。でも、そんな友達を横目に見ながら過ごしてきました。そして、僕だけ補習校があるために、一緒に遊ぼうと誘われてもいつも断らなければいけませんでしたし、補習校に来なくても良い友達は、土曜日の朝はゆっくり起きることが出来ても、僕だけは朝七時に起きなければならなかったからです。
 そして、九年目の今でも苦労しているのが、宿題を効率良くやりこなすことです。平日に通う学校の宿題に加えて、補習校で出される宿題も一週間のうちにやり遂げなければならず、それはそれでとても大変でした。
 九年前の四月、補習校に初めて来た日の事は覚えていませんが、一年生の時に出来た友達と一緒に過ごした時のことはよく覚えています。休み時間に、みんなと一緒に息が切れるまで走り回ったり、机から転げ落ちるほど一緒に笑ったりしました。でも、僕は小学一年生の頃は、泣き虫で臆病でした。今、その頃の自分と今の自分を照らし合わせて見ると、だいぶ成長したことを自分のことながらも実感しています。
 僕は長い間補習校にいたので、途中で仲の良い友達が日本へ帰国したり、新しい先生が来たりしたのを何度も見てきました。残念ながらあの時僕と一緒に一年生になった友達やクラスメイトは、もう一人もいません。でもその代わりに新しい友達ができました。
僕が補習校で特に好きだったのは行事です。自分の実力を見せることが出来るカルタ大会、でも僕は、今まで一度も優勝は出来ませんでした。そして、他の学年の子と仲良くなれる遠足や合宿、両親に一年間の学習成果を見てもらえる学習発表会。色々な行事に参加してきましたが、中でも僕にとって一番思い出に残ったのは、やはり学習発表会の思い出です。


 
 
 小学一年生の時には、身体を使いながら漢字を表現して発表したことは、今でもよく記憶に残っています。それに、中学一年生からは、三年間、毎年劇を通してたくさんの役を演じました。夏目漱石の役、女装をしてまでやり遂げた女役、今年演じた被告人の役、この中で一番気に入った役は女装をして演じた女役でした。でも皆さん、勘違いなさらないで下さい。僕は決して、そういう趣味ではありません。劇の練習はみんなで一緒にやらないといけませんので、練習をしながら意見を出し合ってより良い劇になるように話し合ったりしましたが、当日のリハーサルでも意見がなかなかまとまらないこともありました。でも本番は、いつも成功して、一番良い出来になったので、終わった後は肩を撫で下ろしながらホッとしたものです。そして、何よりも学習発表会の後は、よりみんなと仲良くなれたと僕は思いました。
  僕は将来、何になりたいのか、何をしたいのか、正直なところまだわかりませんので決まってもいません。でも日本語は母や祖父母の言葉ですし、ハンガリー語と同様に僕にとっての母国語のような存在でもあります。母国語は出来て損はありませんし、将来きっと役に立つと思うので、これからも勉強を続けたいと思います。
僕は、これからも高等部で月二回、補習校に続けて通います。高等部でも国語や日本の文化についてもっと理解できるように頑張りたいと思います。
  今までやさしく、時にアグレッシブに教えて下さった先生方、学校を支えてくださった運営委員の方々、そして、小学生の頃、毎週宿題に付き合ってくれたお母さん,補習校の授業料を払ってくれたお父さん、本当に九年の長い間、大変お世話になりありがとうございました。この場をおかりして、感謝の気持ちを伝えさせて頂きます。

(もちづき・みお)

 
 

Web editorial office in Donau 4 Seasons.