ソロスを批判し、意趣返しする FIDESZ政権
 ハンガリー出身でアメリカの投資家であるジョージ・ソロスは、難民・不法移民問題が顕在化する以前から、不法移民の支援を行ってきた。現在もなお、ソロス財団が支援する各種の民間団体が難民・移民の支援をおこなっているが、時として、密航支援を行っているのではないかとすら考えられる。もし密航支援を行っていたとすれば、明らかに不法入国幇助に当る。
 ソロスの考えは明瞭であり、欧州の国境を撤廃し、人々が欧州内外から自由に移動できるようにすべきだと主張している。この信念にもとづいて、各種の難民・移民支援組織を金銭的に援助している。
 ソロスは、「国境の存在は邪魔者であり、国境を撤廃して人々が欧州に入れるようにすべきだ」と主張して、ハンガリー政府が難民・移民を邪魔者にして、国境閉鎖したことを批判している。明らかに、ソロスは自らの哲学と資本の論理から、市場原理主義的にすべての国境を開放して、市場を開くべきだと考えているようだ。
 大金持ちで、慈善事業家の顔をもつが、一介のアメリカ市民にすぎないソロスが、アメリカで難民・移民の受け入れを主張するのではなく、欧州に出向いて国境撤廃・移民促進を主張するのはなぜか。しかも、欧州首脳はかなり頻繁にソロスと意見交換を行っている。ソロスが EU本部に出かけたり、各国首脳との私的な会談を行ったりしている。欧州左派の無政府主義的理想主義とソロスの市場原理主義にもとづく無政府主義が、目標を同じくするということだろうか。
 これにたいして、ハンガリー政府はソロスが EUの難民・移民政策に多大な影響を与えている黒幕だと、国内で激しい反ソロスキャンペーンを繰り広げている。もっとも、2018年 6月の EUサミット決議のように、ソロスの考えとは正反対の結論が出されているから、ソロスが EUの難民・移民政策を決めているというハンガリー政府の主張は妥当性を欠く。一介のアメリカ市民に過ぎない人物を、あたかもハンガリー国の政敵のように扱うのは、一個人を国家レベルにまで引き上げる無用な政治宣伝である。もしそのような懸念があるのなら、欧州委員会の場で、オルバン首相が質せばよいことである。対外的な場で正面から問題を提起することなしに、ハンガリー政府が国内向けに、反ソロスキャンペーンを展開するのは異常な政治行動で、明らかに難民・移民問題を利用した政権政党への支持を公費で強制する政治的キャンペーンだとみなされても仕方がないだろう。

反ソロスキャンペーン
 2018年、反ソロスキャンペーンの一環として、「ソロス計画にたいする国民コンサルテーション」と称して、すべての有権者に 7項目の質問への賛否を求める質問票を送付した。国際投資家で慈善事業家でもあるソロスが過去 2年余の間に、書籍や新聞などのメディアを通して発言してきたことをまとめて、それを「ソロスの 7つの計画」と称して列挙したものである。そこにはすでにソロスが取り下げた主張や、不正確な情報や誤った情報が含まれており、国内向けの政治的キャンペーンに過ぎないものだった。ハンガリー政府が「ソロス計画」と称したものは、以下の通りである。 

  計画 1 「ソロスは 100万人の移民を欧州に入れるよ.うにブリュッセルを説得している」
  計画 2 「ソロスはブリュッセル指導者とともに国境鉄.条網を切断しようとしている」
  計画 3 「ブリュッセルの移民強制割当はソロス計画の.一環である」
  計画 4 「ブリュッセルはソロス計画にもとづいて、移.民1人につき 900万Ftの援助を強制しようとしている」
  計画 5 「ソロスは移民の犯罪刑罰を軽減するように求.めている」
  計画 6 「ソロス計画の目的は、移民を促進するために、.欧州諸国の言語や文化を蔑ろにするところにある」
  計画 7 「ソロスは移民に反対する諸国への政治的攻撃.を強め、厳しい罰則を求めている」
 
「ソロス計画に声を上げよう、国民コンサルテーション」

 長期にわたる政府の宣伝や政権政党の政治運動もあって、質問票へ回答(ソロス計画に反対)は 200万通を超え、政府は大成功と自賛したが、ハンガリー政府から欧州委員として派遣されているナヴラチッチ・ティボール(教育・文化・青年・スポーツ担当委員)は、「政府が 2015年のソロスの言動にもとづいて一つ二つの質問を作成したのは理解できるが、欧州委員会にソロス計画なるものは存在しないし、作業部会でもそのようなものは存在しない」と語った。また、自由選挙後のアンタル内閣時( 1990-1994年)に外務大臣を務め、第一次オルバン内閣でアメリカ大使( 1998-2002年)を務めたヤセンスキー( Jeszenszky G.za)は、「このような質問票は国民を見下した政治的キャンペーン」と批判した。
 この政治的キャンペーンは、ハンガリー FIDESZ政権がソロスを「ハンガリー国家の敵=悪魔」に仕立てることによって、国内の支持基盤を固めようとする戦術である。一種の陰謀史観にもとづく政治的戦術である。
 2015年秋以降、ハンガリー政府は一貫してソロス批判を行っており、このキャンペーンに先立つ前年の 2017年には、ハンガリー政府はソロス財団が資金提供していると考えられる難民・移民支援団体への管理強化策を打ち出した。
2017年 6月 27日から施行された「国外の支援を受けた団体の透明性に関する法律」で、政府は外国から支援を受けているNGOの監視に踏み出した。この法律が適用される団体は、年間 720万 Ft(およそ 300万円)以上の援助を国外から受けている団体・組織で、これらの組織・団体は管轄庁に登録し、かつ年間 50万 Ft(およそ 20万円)の寄付をする団体・個人について、その名称(氏名)・所在地等を報告しなければならない。これを怠った者は罰則を受ける。この種の法律は EU内でハンガリーが初めて採択したもので、ソロスに繋がる財団や組織の締め付けを狙ったものである。
 2017年の NGO締付け法に続き、ハンガリー政府は「Stop Soros」と通称した「移民特別税」( 2018年 8月 25日施行)を導入し、難民・移民に手を差し伸べるNGO団体に特別課税する法律を制定した。この法律の対象となるのは、移民を促進する活動を行っている組織で、移民教育組織、移民支援ネットワーク、移民促進のプロパガンダの活動を行っている組織*である。これらの組織は物的な支援を受けた月の 15日までに、税務当局に資金を提供した組織名・所在地、援助額を報告し、援助額の 25%を「特別税」として支払わなければならない。この法律にもとづく最初の申告期日は 2018年 9月 17日である。これを怠った者は追徴や制裁を受ける。

CEU廃校工作
 ハンガリー政府のソロスへの意趣返しは、止まるところを知らない。ハンガリー政府は 2017年 4月に高等教育法を改正して、ソロス資金によって設立された大学院大学 CEU(Central European University)を潰しにかかった。オルバン首相は政権批判に敏感で、政敵を潰すことに全力を注ぐことで知られている。
 しかし、いかにソロスが出資したとはいえ、実際の大学教育がソロスのイデオロギーにもとづいて行われているわけではない。しかも、 CEUの教育・研究は国際的に高く評価されており、欧州の大学ランキングも高い。政治家オルバンはイデオロギーで組織や個人を単純に評価する傾向があり、学問や研究の自由より自らのイデオロギーを優先する。「ソロスが設立した大学では難民・移民を歓迎する教育が行われており、ハンガリーの国益にとって有害だ」という単純な政治的キャンペーンで、一つの大学を潰そうとしている。
 CEUはアメリカにキャンパスをもたず、ニューヨーク州の教育ライセンスにもとづいてハンガリーに設立された大学院大学である。オルバン首相の指示にもとづき、ハンガリーの当局者は、ここに CEU設立の弱点があると高等教育法を改正した。その要点は、「ハンガリーで認可される外国の大学は、本国にキャンパスを保有していること」を条件にすることで、これを満たさない CEUを廃校に追い込もうとしたのである。
 これにたいして、 CEUはニューヨーク州にキャンパスを開き、高等教育機関の条件を充足して廃校を避けようとした。ニューヨーク州もまたハンガリー政府との協定締結へ動き、 2018年 4月にハンガリー人材省(教育省)次官 2名がニューヨークキャンパスを訪れ、ニューヨーク州とハンガリー政府との間で協定案(ハンガリー側の署名者は外務大臣)が作成された(その後、外務大臣は協定案の存在を否定)。しかし、簡単に首を縦に振らないオルバン首相の意向を受けて、担当大臣が協定書に署名しないまま時間が過ぎ、痺れを切らした CEUは、アメリカの学位を授与する教育プログラムのウィーンへの移転を決定したのである( 2018年 12月)。

 
ソロス=ユンケル陰謀批判ポスター「ブリュッセルの企みを、国民は知る権利がある」
 各家庭に郵送されたリーフレットには、 7点の「企み」が記されている。ソロスとユンケルは、①強制割当を導入しようとしている、②加盟国の国境管理の権限を弱めようとしている、③移民ビザを発行させて移民の流入を簡便化させようとしている、④移民を支援する組織にさらに資金を提供しようとしている、⑤900万 Ft分の銀行カードを渡して移民の定着を助けようとしている。⑥アフリカ諸国からの実験的移民プロジェクトを始めようとしている、⑦移民を監視する諸国への資金的援助を減らそうとしている。
 ユンケル委員長は FIDESZも属する欧州議会の人民党グループから選出された政治家である。この新たな反 EUキャンペーンにたいし、欧州人民党グループに所属する各国の諸政党 9党が、FIDESZを批判し、会派からの除名を要求した。これにたいし、欧州人民党の議員団長マンフレッド・ウェーバーは、 FIDESZにたいして、欧州人民党グループ残留の条件として、以下の三つの条件を提示した。
 一つは、ブリュッセル( EU)にたいする政治的非難キャンペーンを止めること。
 二つは、人民党グループを構成する兄弟政党とユンケル氏へ謝罪すること。
 三つは、 CEUをブダペストに残すこと。
 これらの要求にたいして、 FIDESZ政権幹部は譲歩する姿勢を示していない。ウェーバー議員団長は急遽、 3月 12日にブダペストを訪問し、オルバン首相と会談した。この会談に先立ち、ウェーバー氏は CEUへ直行し、大学幹部と話し合いをもった。学問・研究の自由の観点から、人民党グループとって CEU問題は看過できないという理由からである。ウェーバー氏は上記の三要求をオルバン首相に迫ったが、明確な回答は得られなかったようだ。
 その後、 3月 20日に開かれた欧州人民党グループの会議で FIDESZの資格停止提案が、 190対 3の圧倒的多数で可決された。即時除名でなく、資格停止で欧州人民党指導部と FIDESZとの間で妥協が成立した。欧州人民党は 3名の賢人会議を立ち上げ、 FIDESZ問題に対処することになった。欧州人民党指導部はグループ内で 14議席を保有している FIDESZを簡単に切り捨てるわけにはいかず、他方で会派除名によってポピュリストの小会派へ移ることが余儀なくされることは FIDESZの本意ではない。というのも、 FIDESZ執行部はポピュリスト政党と呼ばれることを極端に嫌っているからである。両者の政治的駆け引きは欧州議会選後まで続く見通しである。
(もりた・つねお)