今年はウィーン世紀末の画家グスタフ・クリムト(1862-1918)の没後百年にあたり、いくつか記念展が開催されている。レオポルト美術館も6月22日から11月4日まで「グスタフ・クリムト-世紀の芸術家」展が開催中である。開催前日の記者会見にもオープニングにも展覧会カタログが間に合わなかった。カタログの作り直しと推測される。レオポルト美術館所蔵エゴンシーレ自画像の貸し出しと引き換えにフランスのルイ・ヴィトン財団から貸し出されて展示するはずだった「リンゴの木Ⅱ」に問題があるとして展示中止になったため、カタログから外すことが決定されたからである。

 クリムトの未完の絵画「リンゴの木Ⅱ」(1916年)はベルヴェデーレ美術館が所蔵していたが、ナチスによる略奪品として2001年11月、元の持ち主とされた《ノラ・スティアスニー》の遺産相続人に返還された(当時の文化大臣は国民党)。しかしこの返還先は間違っているのではないか、ということはかなり早くから指摘されていた。2015年7月には、クリムト専門家で当時のベルヴェデーレ美術館副館長が、元の持ち主は《ノラ・スティアスニー》ではなく《セレナ&アウグスト・レーデラー》ではないかと発言している。当時の文化大臣(社民党)はこの返還先問題を直ちに調査し直すよう関係機関に通達した。調査は長くかかり、返還諮問委員会は2017年7月に声明を出した。当時の文化大臣(社民党)によると、この絵が間違って返還されたことは事実であり、それどころかナチ政権時代に《レーデラー》家からこの絵が強奪されたという証明はない。つまりナチの強奪作品ではなかったのである。

2017年のこの時点で「リンゴの木Ⅱ」がどこにあるのか不明だった。間違って返還された元の持ち主《ノラ・スティアスニー》の遺産相続人たち(スウェーデン在住といわれている)は専門家の見積もりで3千万ユーロ(約39億円)ともいわれるこの絵を国際美術商に売却したに違いない。2018年6月、この問題を一貫して追求してきたオーストリアの新聞クリアーは、「リンゴの木Ⅱ」は《ノラ・スティアスニー》の遺産相続人たちがダニエラ・リュクサンブール(ニューヨークとロンドンに事務所、ホームページは英語と中国語)を仲介として、フランスの実業家(ディオールやルイ・ヴィトンのCEO)で大富豪のベルナール・アルノーが買い取った、と報じた。
 クリムトの「リンゴの木Ⅱ」は2001年に誤返還されて以来、行方が分からなかったが、今回のレオポルト美術館のクリムト記念展を契機に、フランスのルイ・ヴィトン財団が所有していることが分かった。レオポルト美術館のクリムト記念展のオープン前日に「リンゴの木Ⅱ」は記念展会場から取り外され、再びパリに帰った。記念展で公開されなくなった一番の問題は、ウィーンでの差し押さえを恐れたからに違いない。
 筆者は記者会見後の見学で記念展会場に飾られた「リンゴの木Ⅱ」を見た。印刷されたプレス資料にも載っている。レオポルト美術館が「リンゴの木Ⅱ」を展示しない声明を出したのは開催スタートの日だった。ぎりぎりで一般公開されなかったことになる。この絵の問題についてはオーストリア大手の新聞クリアーやスタンダードが数年前から指摘しており、それをレオポルト美術館やルイ・ヴィトン財団が知らないはずはない。何故という疑問が湧く。。

 本題とはずれるが「リンゴの木Ⅰ」など、以前ベルヴェデーレに展示され今はない返還絵画は今どこにあるのだろう。一例をあげると、映画「ウーマン・イン・ゴールド」にもなったマリア・アルトマンに、ベルヴェデーレから「リンゴの木Ⅰ」「アデーレ・ブロッホ=バウアーⅠ」「アデーレ・ブロッホ=バウアーⅡ」「ブナの森/白樺の森」「アッターゼ―湖畔ウンターアッハの家並み」のクリムト絵画5点が2006年に返還され、アルトマンの住むロサンゼルスに運ばれた。
「アデーレ・ブロッホ=バウアーⅠ」はロサンゼルスで公開されていたが、その後ロナルド・ローダー(エスティ・ローダーの息子、元在オーストリア米国大使)に当時の史上最高値1億3500 万ドル(156億円)で売却。ローダーの私立美術館「ノイエ・ギャラリー・ニューヨーク」の看板絵画になっている。他の4点は合計1億9270万ドルで2006年にニューヨークでオークションに出され、そのうち「アデーレ・ブロッホ=バウアーⅡ」は米国のテレビ司会者で富豪だが慈善活動も盛んなオプラ・ウィンフリーが 8790万ドルで落札し、2017年に1億5千万ドルで中国人に売却した。

(ニコム・アレクサンドラ)