2012年9月にハンガリーに来て、早4年が経とうとしています。日本の大学時代にドイツ留学を考え受験しましたが上手くいかず、帰国してどうしようか…と悩んでいたところ、北海道でのリスト音楽院マスタークラスの存在を知り参加してみたのが、ハンガリー留学への第一歩でした。そこで恩師となるファルヴァイ先生に出会いました。先生は普段の優しいお人柄とはうって変わって、レッスンでは毎回全力投球で妥協を許さず、情熱を持って丁寧に指導して下さいます。例え先生が弾かれたことのない曲をレッスンに持って行っても、次回のレッスン時には練習してこられた上で「私も弾いてみたけど、この指遣いの方がいいと思うよ」と自らたくさんの書き込みをした楽譜を持参し、指導して下さったこともありました。曲に向き合うその真摯な姿勢は、まさに“指導者の鏡”と感服してしまいます。
 また、アドバイスだけでなく実際に横で弾いて下さる演奏には説得力があり、レッスンの度に大きな刺激を受けます。指導者としても演奏家としても尊敬するファルヴァイ先生と留学中、何度か連弾で共演させて頂ける機会がありましたが、生涯忘れられない素晴らしい思い出となりました。
 留学前は、全く縁が無いと思っていたハンガリーでしたが、ドイツ留学の為に日本で通っていたドイツ語の語学学校の先生が実はハンガリー人だったという意外な繋がりから、留学前の半年程、その方からハンガリー語を週1回教えて頂いていました。元々英語は日本にいた頃から好きな教科で、苦手意識は無い…つもりでした。しかし、実際ハンガリーでの生活が始まってみると、自分の語学力の無さに愕然としてしまいました。使えると思っていた英語も、出来ていたのは筆記のみだったのです。それを克服するために、留学1年目はパートタイム生でしたが、大学院の授業の聴講に行ってみたり、唯一カリキュラムに組まれている日本語で教えて頂くハンガリー語の授業以外にも、英語で学ぶハンガリー語の授業を受けてみたり、学外の語学サークルに顔を出してみたりと積極的に多くの活動に参加しました。外国で生活する上で、その国で通用する言語を使いこなせることは最低限必要なことだと痛感する毎日でした。
 筆記授業では、外国人学生の自己表現力、発言の活発さに驚きました。授業でありながら、先生と討論しているかのような意見交換・質問の嵐で、そんな授業スタイルに全く付いていくことが出来ませんでした。それは室内楽の合わせ時にも感じたことでした。流暢な英語で自分の考えや思いを次から次へと言えてしまう、今でこそ私も少しずつ身に付いてきているものの、未だにその勢いに圧倒されることがあります。発言せずに黙っていると、その場に居ないかのように扱われてしまうのです。自らの意思・意見を自分の言葉で伝えることの大切さを知り、その手段を会得する重要性を感じました。
 そういった「実践力」が演奏においても同じだということも留学生活で大きく学びました。もちろん自宅で練習・準備し、レッスンに備えることを大前提に生活していますが、実際に人前で演奏して感じること、得られることが多かったです。ハンガリーに来て「演奏とは何か」ということを本当の意味で知ることが出来たように思います。特に印象的だったのが、演奏後に「ありがとう」と言って頂ける瞬間です。日本では「お疲れ様」という言葉を聞くことが多いのですが、私から「お越し下さりありがとうございます」と言うと「どうしてあなたがありがとうと言うの!私の方がお礼を言わなくてはいけないのよ!」と、演奏会に駆け付けて下さる方が頻繁に仰って下さいます。その方は時々「普段の演奏会のお礼がしたいから」とホームパーティーに招待し、お手製の美味しい食事をお腹いっぱい用意して下さいます。それだけこちらでは演奏家が尊敬され感謝される職業なのだということを、肌で感じ大変嬉しくなりました。
 確かに思い出してみると、街中ではクラシック演奏会や演奏家の宣伝・ポスターをよく見かけます。それが日本ではアイドルやポップ歌手だったりする頻度なのです。また、学生のディプロマコンサートや無料コンサートに見ず知らずの方が大勢駆け付けて下さったりもします。クラシック音楽の日常生活への浸透度・密着度が、ハンガリーが音楽の本場なのだと改めて感じさせてくれるのです。そしてこのような本場で勉強・活動することが出来る自分は幸せだと心から思います。日本にいた頃は自分の演奏のスタイルや個性が見出せず思い悩んだ時期もありましたが、そんな悩みが馬鹿らしく思えるくらいに、こちらの聴衆の反応は嬉しいものが多かったです。ミスタッチ等関係なく心に響く演奏をすれば、大きな歓声と共に力強い拍手を素直に送って下さる。演奏者が自分の思い感じる音楽を、感じるままに心を込めて伝える、という単純なようですぐに辿り着くことが出来なかった答えを、ハンガリーの聴衆が私に教えてくれたように感じます。この気持ちを常に忘れず、今後活動していく大きな糧にしていきたいと思います。最後にハンガリーでお世話になった皆様に心から感謝申し上げます。有難うございました。

(もりもと・みほ)