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ハンガリーを後にして
リスト音楽院ピアノ科
古賀 美代子

 
   私が留学先をハンガリーに選んだのには、特別な理由はありませんでした。教育大生として日本の大学に在学していた3年生の冬、周りの同級生が教員採用試験に向けた勉強に励み始めたとき、どうしてもその流れに乗り切れず、心のどこかで音楽をやりたいと感じていたところ、たまたま札幌でのリスト音楽院入学試験の案内が目にとまったのです。そのチラシを手にとったときには、すでに締切数日前。さらに、指定された範囲内で弾ける曲もないという状況でした。
とりあえずこのチャンスにすがってみるしかないと思い、先生にも両親にも相談せず、事務局に問い合わせました。
  そのオーディションから半年後、私にとって初めての「音大生」生活は、ハンガリーで始まりました。最初に私が直面した壁は、他の留学生がはっきりとした目的をもってこの地に足を踏み入れているということでした。私には特別ハンガリーを選んだ理由もないし(ハンガリーという国の位置も知らずに飛行機に乗り込んだくらいです)、師事していただきたいピアノの先生もいませんでした。このことに気づき、自分が他の人たちと比べて大きく出遅れていると実感し、この先どうなっていくのだろうと不安が募るばかりでした。
  しかし、幸いにも、素晴らしい大好きなピアノの先生と巡り合うことができました。またかねてから挑みたかった室内楽分野でも素敵な先生に出会うことができて、つくづく私はツイている!と思いました。大学時代、恥ずかしながら教員養成過程のピアノ・レッスンは隔週でわずか10分と考えられないものでしたが、ブダペストでは必然的に音楽に向き合う時間が増え、教授や演奏家、学生と身分に関わらず、「音楽をやっている人たち」に囲まれて生活できたことそれ自体が、大きな刺激となりました。
  これは今、過去を振り返ってこそ言えることです。この記事を書いているのは日本に完全帰国をして3日後のことです。自分のブダペスト生活を振り返る機会をいただき、せっかくのチャンスだからと1年分の思いを綴った日記を読み返してみました。すると、楽しかったはずのブダペスト生活が、実は不安と寂しさと葛藤でいっぱいだったということに気づかされました。私が在籍していたパートタイムのコースは、日本でいう科目履修生のような扱いで、単位制ではありません。自分のレッスン以外、すべては自由ということになります。教育大学の4年の前期まで、バタバタと息つく暇もなく学業、演奏活動を両立していた私にとって、そのような自由が手に入るということは、どうやって音楽とだけ真剣に向き合えるのかを試されているも同然でした。
  また、音楽だけでなく、自分自身ことや、自分にやれること、自分がハンガリーにいる理由、あらゆることを考えさせられました。1年目の冬は欝になると先輩方もおっしゃっていましたが、そのとおり、夕方4時には暗くなる自分の部屋で、今なにをするべきか、なぜピアノを弾いているのか、どうでもいいようなことまで、考えていた気がします。周囲がみな音楽をやっている中で、私にしかできないこと、「私が」頑張るべきこと、そのようなことを探していたと思います。あまりうまくいかない冬でした。
  年があけ2月からの新学期。この頃ようやくハンガリーでの生活に慣れてきたかな、と感じはじめました。季節が暖かくなるにつれ気分も明るくなり、低迷期から少しずつ抜けてきて、この頃からやっと本当に自分の音楽と向き合えるようになった気がします。そして友達が増えてきたのも、この時期でした。それまではあまり人と会ったりすることもなく、大好きなお酒も家でひとりで・・・(笑)、というのが当たり前だったのですが、友達と遊ぶようになったり、真剣に私の思う音楽観を話してみたり、新しい知り合いも増えたり…、そういうことが重なると楽しくなってくるものです。後半の半年は本当に楽しかった思い出がたくさんです。
  9月13日、帰国を前にして、最後に演奏会を企画しました。1年間人前でピアノを弾く機会はそれほど多くなく、なにかひとつ自分の手で作り上げたいという気持ちがあったのと、2ヶ月超にも及ぶバカンス気分を引きずったまま日本に帰るわけにはいかないという思いから、この時期を選びました。演奏について、1年の成果がどうこうとか、留
学したことによる変化とか、そういうことについて語るつもりはありませんが、何よりも聴衆がたくさん集まってくださり、この地で1年間やってくることができたんだなという実感がわき、こみ上げてくるものがありました。改めて、私がたくさんの人に支えられているということを実感しました。この場をお借りし、最後お会いできなかった方たちへも感謝の気持ちを伝えたいと思います。1年間、ありがとうございました。
  ハンガリーを後にする時、とても寂しかったです。1年前、なにも知らなかった国とは思えないほどたくさんの思い出の詰まったハンガリーの土地に、ぜひまた来る機会があるといいなぁと願っています。
(こが・みよこ)
 
 

Web editorial office in Donau 4 Seasons.