Topに戻る
 

 
 
 
     
 
ニュースコンサート自己紹介
 
     
 
 
 
リストを追ってハンガリーへ
リスト音楽院
舘岡 真澄

 
   日本の大学院博士課程に在学していた頃、私はフランツ・リストのピアノ作品をテーマとし、演奏法と音楽学研究に没頭する日々を送っておりました。当時、博士論文の執筆に際して重要な要素となる資料研究を行うため、リストの自筆譜が所蔵されているアメリカ、ドイツ、フランス、ロシアの図書館に何度も足を運びました。彼の自筆譜に直に触れ、流れるような斜体で書かれた音群や作曲の苦悩を示す跡、端整な文字で記された署名を見る度に、敬愛する偉大な作曲家が本当に実在していたことを実感し、「リストが暮らしたその土地で、音楽を思い切り学びたい。」と念じていました。しかし、その当時、私は修了演奏試験と博士論文審査に合格することのみに専心していたため、留学については、頭の中を掠める程度でしかありませんでした。博士課程入学から3年後、同課程を無事に修了し、博士号を取得できた喜びと達成感に満たされていましたが、それと同時に、心の奥底で眠っていた海外への思いが日に日に強まっていくのを感じました。その気持ちを家族に伝え、海外で勉強することに対する理解が得られたため、留学することを決意したのです。留学先は、大学時代から私の研究の軸となっている作曲家リストが関わるハンガリーに、そして在籍する学校については、彼の教育活動が基となって創設されたリスト音楽院に決めました。昨年2月、札幌で行われたリスト音楽院の入学試験に合格し、同年9月に入学しました。
 現在、私はリスト音楽院パートタイムコースに籍を置き、主にピアノ演奏法を学んでいます。パートタイムコースでは、研究したい分野を中心に学ぶことができ、多くの時間をその分野の研鑽に費やすことが可能です。自ら楽曲を選択し、計画を立てて音楽活動を行えるこの環境は、今の私にとって最も適しています。
さて、ハンガリーでレッスンを受けるようになり、まず私が痛感したことは、自身の譜読みの甘さです。レッスンの中で先生は、私の演奏に対して直さねばならない個所を細部にわたって指摘し、その修正のための練習方法を懇切丁寧に教えて下さいます。こちらのレッスン形態は、日本と比較すると曲を短時間で仕上げる傾向にありますが、レッスンの内容は、実に密度の高いものです。まず先生は、テンポ、音符や休符の長さ、フレーズ、リズムなど、楽譜に記されていることに忠実であるよう述べられ、それから打鍵の方法、腕の使い方、ペダリング、運指法などの案を、先生ご自身による模範演奏に基づいて説明されます。そして、その案から生み出される、音楽に自然な流れを持たせ、楽曲の特性を活かした演奏法をご教授下さいます。このように、大変解りやすい方法でレッスンが進められていきます。今夏、私は、仙台、東京、ブダペストの3都市にてピアノ・リサイタルを開催しました。約1年をかけてリサイタルの準備に取り組みました。先生は、リサイタル直前まで演目についてじっくりとご指導下さったため、安心して当日を迎えることができました。
  ところで、留学を開始してから1年が経ちましたが、ブダペストは、日常生活を送る上で大変暮らしやすく、また、芸術活動を行う上でも有意義に時間を過ごせる街だと実感しています。店には食品や生活必需品が揃っており、日本と同程度の生活が可能ですし、インターネットの設備が整えられているため、家族や友人との連絡、情報収集には事欠きません。また、交通網が整備されているので、何所へ行くにも便利です。そして、多様な催しが毎日諸所で行われています。これまでに教会やコンサート・ホールをはじめ、様々な会場で催された演奏会、オペラ、バレエ、モダン・ダンスを鑑賞しました。それらの催しは、安価、もしくは無料でありながら、聴き応え、見応えが十分にあります。特に、オペラやバレエの舞台美術は、思わずため息が出てしまうほどの洗練された美しさを放っています。また、重厚で落ち着いた街並みの中で、殊に教会は、壮麗かつ大変厳かな雰囲気を醸し出しており、そこにいるだけで気持ちが和らぎます。さらに、毎日定時に鳴る教会の鐘の音は、今や私の心を慰める響きとなっています。このようなヨーロッパならではの風格は、私に常に新鮮な感動を呼び起こし、新たな発見を与えています。
  この留学経験が、私の人生においてかけがえの無い宝物になることは、間違いありません。ハンガリーに在留できる残された日々を大事にし、リストのピアノ作品研究に邁進していきたいと思います。そして、これまで積み上げてきた力を、今後、教育の場で活かして参りたいと思います。
  最後になりましたが、リスト生誕200周年という記念すべき年に、リストが実際に暮らし、音楽活動を行ったこの地で、私も学ぶ機会が与えられたこと、そして充実した日々を過ごせることに深く感謝し、筆を擱かせて頂きます。
 
 

Web editorial office in Donau 4 Seasons.