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欧州への「難民」流入問題をどう考えるか
盛田 常夫


 シリア人を中心とする大量難民の欧州移動は当該社会のアイデンティティにかかわる問題になりつつある。
 ハンガリーは今年8月まで、1年間で20万人の「難民」対処にあたってきた。9月の大量流入が始まる2ヶ月以上前に、ハンガリー政府はギリシア、マケドニア、セルビアを経由して、EUのシェンゲン条約(EU内自由移動圏)境界であるハンガリーへ入国しようとする大量難民の対策を指示していた。本来であれば、難民が最初に到達したEU国であるギリシアで難民登録が実施されなければならないが、そこを素通りしているため、次のシェンゲン条約の境界にあたるハンガリーがEU加盟国としての難民対応を迫られている。ハンガリー政府が国境に鉄条網を張ることを決定した当時、冷戦時代への逆行だという国際的非難が投げかけられた。しかし、連日千人を超える難民が入国すれば、ハンガリーがダブリン条約に規定された義務を遂行することは不可能である。もしそれを実行しようとすれば、多くの難民を長期間にわたって、国境地域に留め置くことが必要になる。それどころか、シェンゲン条約国として入国管理すら遂行不能である。
 シリア人たちの難民流入者がさらに増加したのは、ドイツのメルケル首相が受入れを歓迎すると表明した9月5日以降である。メルケル首相はEUの難民の対応措置を決めたダブリン条約(最初のEU到着国で難民申請・登録を行う)を一時的に停止して、ハンガリーからの難民を全面的に受け入れることを宣言した。これが「難民」流入を加速させた。この宣言を聞いてシリアから出発した数千数万の人々に、他国の「難民」が加わり、5~6日かけて、ギリシア、マケドニア、セルビアを経由し大量の「難民」がハンガリー国境にたどり着いた。
 いったんは大見栄を切ったドイツだが、難民の数があまりに多く、ザルツブルグからミュンヘンへと続く国境地帯の混乱がひどくなり、メルケル首相は宣言の修正に迫られた。無制限受入れを表明したメルケル首相には国内からも批判が強く、メルケル首相は、「誰でも無条件で引き受けるということではなく、経済的難民は対象外である」と修正表明を余儀なくされた。それに伴い、オーストリアとの国境で入国管理を実施し、経済的な難民を排除する姿勢を明確にした。オーストリアもドイツに習って、ハンガリーとの国境での入国管理を実施することになり、列車のみならず、ウィーンとブダペストを結ぶ高速道路を上下線とも閉鎖した。
 こうして、オーストリアもドイツも、国際列車運行を一時的に止め、入国管理を導入して、難民流入の入り口を狭める措置を導入した。明らかにハンガリー政府を一方的に非難していたドイツやオーストリアの政治家は、事態の深刻さを過小評価していた。
 ハンガリー政府は9月15日深夜を期限に、入国管理の検問所のないハンガリー国境線からの入国を厳格に取り締まる法律を発効させ、指定の出入国地点以外の往来を禁止した。

シェンゲン条約国への入国
 鉄条網があろうがなかろうが、検問所を通らない国境通過は不法入国である。それは世界の法治国家の共通のルールである。国境線にフェンスを作ったら「グアンタナモ基地」だと騒ぎ、難民の取り扱いがぞんざいだから非人道的だという報道は、事の本質を見誤っている。フェンスがないから誰もが、何時でも自由に入国できるわけではない。シェンゲン条約の境界線での入国管理は、誰もが受けなければならない法的義務であり、国境地帯には検問所を通過しない入国は不法入国であるという看板が立てられている。難民だから、ドイツが受入を表明しているから、入国管理を受けなくて良いはずがない。
 観光客であっても、EUシェンゲン条約国への入国にあたってはパスポートの渡航履歴が念入りにチェックされる。欧州に展開している日系企業は、日本人派遣社員の経費を節約するために、長期出張で対応することがある。しかし、過去1年間に、EU加盟国での居住が6ヶ月を超える日本人出張者は入国審査ではねられ、その場で日本への帰国が命じられる。これは日系企業が良く経験している事例である。
 国際ルールとして、当該国あるいはEU圏に半年以上居住する場合は、居住許可を取得することが義務になっている。所得税の納付も、居住国で行うのが国際的ルールである。6ヶ月以上の滞在には、当該国の滞在許可証がなければならない。滞在許可証を保持していない日本人社員は、最初に到着したEU国の入国審査で排除される。
 観光でなく、経済的活動で金銭的な支払いが伴う人物の入国は、短期間であっても、短期の労働許可証を事前に取得していなければ、同じく入国が許可されない。また、長期の労働ビザ=滞在許可を得るためには、事前に、当該国の駐日大使館で事前に必要なビザを取得しなければ渡航できない。また、長期労働に従事する場合の労働ビザ取得は簡単ではなく、国によって労働ビザ取得の難易度が異なるが、一定の時間を要する点はどこも同じである。
 このように、EU域内はパスポートなしでも移動可能だが、最初にEU加盟国に入国する場合には、厳しい審査が待ち受けている。パスポートの履歴をそれほどチェックしないケースもあるが、最近はどの国でもかなり厳しいチェックが行われている。

難民認定は簡単ではない
 通常の経済活動に従事する者の審査以上に厳しいのが、難民認定である。ハンガリーの場合は、一応、認定期間は30日と定められているが、必要書類が整っていない場合はその期間は無限に延長される。ドイツですら、難民認定に数ヶ月から1年もかかる。
 現在、ハンガリー国境に押し寄せる「難民」の多くはシリア人だが、実態は多様で、コソボ人、パキスタン人、アフガン人、イラク人など多様な人々が混じっている。パスポートを持っている者もいれば、持たない者もいる。偽造パスポートの可能性もある。ISの戦闘員が混ざっていることも十分考えられる。そういう「難民」が1日に千人以上も国境に到着したら、ハンガリー政府は手の打ちようがない。難民認定を厳密にすれば、何万人もの難民がハンガリー国境に放置される。
 想像を超える大量の難民が国境に押し寄せたために、ダブリン条約とシェンゲン条約にもとづく国境管理と難民登録・認定の作業を厳格に行うことが不可能になった。厳密に行おうとすれば、難民にたいして厳しく対応しなければならない。それがハンガリーに対する国際的批判を呼び起こした。

ハンガリーにたいする国際批判
 「難民」にたいする厳しい対応を、国際メディアは「非人道的仕打ち」として世界に配信した。国境のフェンスを壊して不法に侵入した難民を静止する警官から逃れようとする難民に足を出して転倒させようとした女性カメラマンの映像は、世界に配信された。さらにCNNは、「シリア人父子が国境を目指すなか、女性カメラマンに足を掛けられて転倒した」と報道した。しかし、そのビデオを見ると、警官に肩を押された父子が、畑の盛り土に足を取られて転倒している。件の女性カメラマンは近くにいて、転倒する際に足を上げているが、距離があって届いていない。しかし、実際に起きた事態とは関係なく、この光景はハンガリーの無慈悲で、冷酷な仕打ちとして世界に配信され、逆にこの父子がスペインに到着して歓迎を受けたことが「美談」として語られている。CNNの「国境を目指すなか」という報道も間違いである。不法入国しているか、難民収容所への連行を嫌う難民が、警官から逃れようとする状況が撮影されているのである。
 国際メディアがハンガリー政府の難民対応を非難し、欧州の西側諸国もハンガリー政府の対応を非人道的と非難する背景には、ハンガリーの民族主義的右派政権と欧米諸国との関係が良くなく、他方で腐敗にまみれ国民の支持を失ったハンガリーの「左翼」勢力が、ハンガリー国外の欧州左翼の力を借りて外からハンガリー政府批判を行っているという事情がある。だから、ハンガリー政府がとる政策措置は何ごとに付けても反民主主義、オルバン首相は偏狭な右翼民族主義、排外主義の全体主義者というレッテルが貼られる。それに習って、ハンガリーに来たこともない欧米のジャーナリストが安易にこのレッテルをハンガリー政府批判の枕詞として使っている。
 確かにオルバン政府の対EU政策には偏狭な民族主義的なものもあるが、それと現在の国境管理・難民問題を一緒くたにすることはできない。現政府が民族主義政府だからという理由で、ハンガリーの措置が一方的に、かつイデオロギー的に非難されるのは、公平性に欠ける。現在の難民問題はイデオロギーを超えた当該社会のアイデンティティの問題なっており、人道支援の域を遙かに超えている。

なぜ旧東欧諸国が難民受入れに抵抗するのか
 フランスは旧植民地からの移民を受け入れてきた歴史があり、難民の受入れにそれほどの抵抗感はない。ドイツも第二次世界大戦におけるユダヤ人迫害・虐殺の歴史から人道的支援には積極的で、すでに一昔前からトルコや旧ユーゴスラビアのゲストワーカーを受け入れてきた歴史もあり、ドイツは多民族国家に変貌しつつある。ミュンヘンの地下鉄に乗ると、一瞬、どこの国にいるのか分からなくなるほど、多種の言語が聞こえてくる。ゲストワーカーやイスラム圏の人々の他に、ロシア語も聞こえてくる。大きな列車の中央駅の内部はきちんと清掃されているが、駅周辺の路地は国外から移住したと思われる多様な人々が小さな店舗を構える雑居路地に変わり、綺麗に清掃された昔のドイツの路地とは様変わりしている。ゲストワーカーや移民労働者は、ドイツ人が嫌がる仕事に従事している場合が多く、すでにこれらの労働力の存在は当該社会にビルトインされている。それで良いと考えているドイツ人もいれば、社会の変貌を嘆くドイツ人もいる。表向き、歓迎の意思を表明しているからと言って、それが社会全体の意思であるとは限らない。
 これにたいして、旧東欧諸国は市場経済の発展途上にあり、失業率も高い。したがって、難民を労働力として計算することはできない。難民の社会保険や居住施設の確保を行う余裕もない。さらに、東欧の小国はキリスト教文化で一体化しており、そこにキリスト教社会との同化を拒む異教・異文化の集団を受け入れることを望んでいない。

日本にとって対岸の火事ですむか
 現在の難民問題を振り返ってみれば、その発端はアメリカのイラク侵略戦争にある。イラク戦争以後、中東地域が不安定化しただけでなく、通常の国際移動にも、多くの制限がかけられるようになった。爪切りまで刃物扱いを受けて没収され、水分の入った容器の持ち込みが制限されるなど、ふつうの旅行にすらさまざまな制限がかかるようになった。
 ブッシュの戦争は、中東世界という蜂の巣を突いて、蜂が四方八方に飛び散る状態を惹き起こした。この戦争をいち早く支持し、軍隊を派遣したイギリスやフランスなどの諸国はアメリカと同罪である。支援根拠が薄弱なまま、アメリカの後尾を追いかけた日本にも、それなりの責任がある。そして、旧東欧諸国はこぞってアメリカのイラク侵略戦争を支援し、ハンガリーは軍隊まで派遣した(社会党ジュルチャーニィ政権)。それが回り回って、難民の大量流入という形でつけが回ってくるとは誰も思わなかっただろうが、中東世界を壊した一端を担ったのなら、その結末の一部を受け入れることは拒否できまい。
 ところで、イラク戦争を始めたアメリカはどうか。オバマ大統領は当初難民を1万人引き受けることを表明したが、その後1桁増やさざるを得なかった。これでももう一つゼロが足りない。現在の難民問題はアメリカ自らが惹き起こした戦争の結末である。他人事ではないはずだが、アメリカには当事者意識が欠如している。アメリカがこうなら、アメリカの尻を追いかけてきた日本に、当事者意識などあろうはずもない。アメリカ以上に他人事だ。こういう脳天気な日本が、アメリカの戦争に荷担したらどうなるのか。その結末を引き受ける覚悟など、まったくないだろう。

(もりた・つねお 2015年9月)
 
 

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