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日本語を教える喜び
佐藤 紀子

 
 新年早々職場に行くと、同僚と私宛 に日本から小包が届いていた。差出人は、関西のある大学院に留学している卒業生である。小包を開けると、研究室にぱっと明るい光がこぼれた。私達の大好物 である羊羹やお煎餅、お煎茶などがぎっしりと詰まっていたのだ。まるで日本の実家から送られてきた差し入れのよう。同封の手紙を開く。いかにも今時の女の 子からの便りである。青色便箋いっぱいに小さなかわいい象さんの絵が踊っている。読み進むうちに、思わずホロリとさせられてしまった。もう2年も前の卒業 生であるが、私達への感謝の言葉とともに、内定取り消しなど昨今の厳しい就職戦線の中で、経済学という専門を活かして日本で就職したい気持ちも強いが、大 学時代の楽しい日本語授業と温かな日本語研究室を思い出し、ハンガリーに帰って教師になりたくもあると悩める心が書かれてあった。私達は羊羹とお茶に舌鼓 を打ちながら、教師冥利とはこういうことかと幸せな気分に浸った仕事始めであった。
 
2007年立命館 草津キャンパスでのセミナーの模様
立命館大学経済学部学生との異文化コ ミュニケーション実習
 
 彼女は東アジア異文化間経営学コー スの卒業生である。私達がブダペスト商科大学国際経営学科に東アジア異文化間経営学コースを立ち上げたのは、2002―2003年度のことであった。ハン ガリーに進出する東アジア系の企業が増え、東アジアの文化や歴史、政治や経済、日本的東洋的経営、異文化コミュニケーションなどの背景知識を持った人材の 育成が急務となったことが動機設された異文化間経営学専攻コースの学生に対しては、日本・中国・韓国朝鮮の歴史及び経済、文化関係史、エチケット及び儀礼 習慣、異文化間経営学などの講義を必修科目とした。講義だけではなく、2003年春には学生達に異文化間コミュニケーションの重要性を教えるために、ビジ ネスフォーラムを開き、日系企業2社の社長、日系企業で働くハンガリー人を講師及びパネラーに迎え、講演とパネルディスカッションを行った。会場は200 人の学生で埋まり、関心の高さが伺えた。この他、毎年日系企業あるいは他のアジア系企業にお願いして、学生に会社見学をさせていただいている。実際に自分 の目で日系企業内を見ることは、学生の動機付けに大いに役立っている。
 
 しかし、異文化間コミュニケーショ ン教育には、理論学習とともに、実践学習が欠かせない。実社会で起こりうる状況のシミュレーションをさせ、他者と協力しつつ、大学で学習した理論を踏ま え、自分で問題を解決するプロセスを学ぶことが重要である。そこで、日本の大学生とハンガリー人の大学生の混成チームを作り、選んだテーマについて協働研 究作業とその成果の発表をさせるという試みを2005−2006年度から開始した。この中で、2006年は立命館大学経済学部の学生12名が2週間ハンガ リーに、2007年はブダペスト商科大学の学生10名が2週間日本に滞在し、相互の大学で世界遺産と環境問題に関する学習と研究を行った。また、2007 年度からは城西大学の学生達もブダペスト商科大学に短期留学し、同様な協働学習をしている。マルチナショナルなチームの中で課題達成のために協働で作業を することは、言葉や表現の問題もさることながら、作業の進め方、議論の仕方など、お互いの文化の違いを克服しなければ成果に結びつかない。学生時代にこの ような協働学習を体験することは貴重である。特に日本へ留学できない学生にとっては、このような機会はまたとない貴重な経験となる。
 
 ブダペスト商科大学の学生には、卒 業前に3ヶ月間、インターンシップと呼ばれる職場体験が義務付けられている。対象言語の文化を一番よく理解できるのが、この職場体験である。大学の講義で 学習した理論を実際に検証できる貴重な場であり、卒業後の人生にとって大きな転機となることもある。これまではハンガリー国内の多国籍企業や日系企業・機 関、あるいはヨーロッパの企業でインターンシップをすることが多かった。しかし、数年前から日本でインターンシップを行う学生も出てきた。昨年の秋に東京 の港区役所で3ヶ月間のインターンシップを経験した学生は、帰国後、興奮冷めやらぬ状態で報告に来てくれた。
 
 ブダペスト商科大学で日本語教育が 始まって、今年でちょうど25年を迎える。ハンガリーの日本語教育を取り巻く環境は、当時に比べて大きく変化した。学習者人口も飛躍的に増え、国際交流基 金の調査では教育機関で学ぶ学習者は1400名を超えた。通信教育の教材はすでに2500部を売り上げたそうである。商科大学でも、学習者数はここ10 年、50名前後で推移しており、日系企業への就職者や日本への留学者も多い。日本では、多文化共生を目指す日本語教育が叫ばれているが、EUに加盟したハ ンガリーでは、『外国語の学習・教授・評価のためのヨーロッパ共通参照枠』の日本語教育への導入が課題となっている。時代によって課題は異なるが、結局の ところ、日本語教育は、「人育て」である。世界のどこにいても、どんな文化的背景を持つ人間に対してでも、先入観や偏見を捨て、互いに背を向けることなく 対話を続けていくための技能と忍耐、意欲を養うことだと思う。
 
 ハンガリー国内はもとより世界中で 活躍する卒業生に地下鉄や飛行機の中、空港でバッタリ出会い、話がはずむことも珍しくない。よく考えてみると、私達のほうが学生や卒業生に元気をもらって いるようである。
 
 

Web editorial office in Donau 4 Seasons.