ブダペストに来て早4年、私はエトヴェシュ・ロラーンド大学博士課程で認知言語学を勉強しています。認知言語学とは、言語とそれを使う人間の思考との関係を明らかにしようとする研究分野です。昔から国語の授業が大好きで、今でも変わらず「ことば」が好きな私は、卒業論文も修士論文も言語学について書きました。その時に読んだ本の著者である教授を追いかけて、エトヴェシュ・ロラーンド大学入学を決めました。

 日本学生支援機構の奨学金が決まり、日本の大学の先生方にも応援してもらって、嬉しい気持ちいっぱいで始まったこの留学は、私にとって試練の始まりでした。課題で出される文献のほとんどは英語、授業での討論はハンガリー語、でも内容は日本語で理解したい。その時々で柔軟に対応できる頭を持ち合わせていないがために、頭の中は常にパニックに陥っていました。勉強ができなさすぎて、それがとても悔しくて、今までの学生生活で一番泣くことが多かったように思います。それでも未だに投げ出さずにいられるのは、相談に乗って研究を評価してくださる先生方や、外に出かける心の余裕がなくて何度断ってもめげずに誘ってくれる友だちや、いつでも根気よく励まして支えてくれる主人や、遠くにいても温かく見守ってくれている日本の家族、友人がいるからだと思っています。
 大変だったことを先に書いてしまいましたが、認知言語学に情熱を傾ける人たちと話すことは兎にも角にも楽しいものです。有名な言語学者が大学に来るときは、まるでイケメン俳優に会えるような気分になるし、その人たちの講演を聞きに行くときは、アイドルのコンサートに出かける時のようにウキウキします。結局は「ことば」について勉強することが好きなのです。ハンガリー国内はもちろん、アクセスのよいヨーロッパ内の学会に参加する機会を得られたことも、留学してよかったことの一つです。

 ハンガリーとの出会い、そしてハンガリーでの出会いは、確実に私の人生を変えるものでした。初めのきっかけは、高校生の時に読んで面白いと思った本がマーライ・シャーンドルの「灼熱」だったり、出身地岐阜県とヴェスプレーム県が友好関係にあると知ったり…。そんな些細なつながりを運命だと思い込み、大阪外国語大学(現大阪大学)でハンガリー語を専攻しました。新しい言語を学ぶことは刺激的で、「ことば」にどんどん魅かれていきました。小さな頃から海外に住むことに憧れていたので、そのまま迷うことなく学部3年生の時に1年間、ブダペストで語学留学をしました。語学学校には、世界各地から、ハンガリーにルーツを持った子や言語・文化に興味を持った子が集まっていました。そこで出会った気の合う韓国の友人は、今ではハンガリーで働くバリバリのキャリアウーマンになっていて、1年間寝食を共にしたロシアの友人は、ハンガリーで子育てをする立派なママになっています。10年近く経った今でも彼女たちとこうしてつながっていられるのは、お互いハンガリーに魅了されてしまったからでしょう。実は、主人と出会ったのもこの語学学校でした。縁とは本当に不思議なものだな、と思います。

 ハンガリーで過ごしていると、日本ではあまり感じなかった理不尽な差別を目の当たりにしたり、感情の赴くままに突き付けられる「ことば」に傷つくことがありますが、そんな私を救うのもまた心のこもった「ことば」です。支えてくれる人たちを大切にしながら、好きなことを精一杯やり抜きたいと思います。

 今取り組んでいる博士論文では、私の頭の中にある「ことば」を余すことなく詰め込んで、きちんと形にしたいと思います。そしてその暁には、恩師、家族、友だちに読んでもらいたいです。

(いまい・れん)